身代わりの戦争。 2001年
11月12日(月)

 ベトナム北部、ラオス北部の山岳地帯に、
モン(Hmong)という名の少数民族が住む。

 日本人とよく似た顔のこの民族は、
かつてベトナム戦争(インドシナ戦争)を戦った。
アメリカから軍事訓練を受け、共産主義と戦うために。

 「ディエンビエンフーに王国を」。
彼らは、この戦いに勝てば自分たちの国ができると信じた。
有史以来、少数民族として抑圧され続けた歴史が、
彼らを戦いへと駆り立てた。
そしてアメリカの支援が、その未来を約束するかのようだった。

 彼らの使命は、共産軍の補給路・ホーチミンルートの分断。
ベトナム共産軍の輸送隊をジャングルで待ち伏せし、
攻撃するという、血みどろのゲリラ戦。

 モン族の死者はおよそ20万人。
もしモン族がいなければ、アメリカ軍兵士の死者は
さらに数倍にも膨らんだであろうと言われる。

 去年、かつてアメリカ軍の秘密基地があった
サイソンボンという村を訪れた。

 ラオスの首都・ヴィエンチャンからバスで3時間。
名も知らぬ村で一泊を強いられ、翌朝、大型トラックを
改造したバスに乗り継ぎ、さらに未舗装の悪路を9時間。
ようやく着いたなにもない山奥の村は、まさに秘境。
唯一のホテルでは、夜9時で電気が消えた。

 1975年。戦争に敗れたアメリカ軍はここにあった
秘密基地・ロンチェンからヘリで脱出した。
一緒に戦ったモン族の人々のほとんどを残して。

 残されたモン族の人々は、徹底的に弾圧された。
多くが殺され、収容所に送られ、また難民として離散した。

 サイソンボンに残ったモン族の集落は、
いまも有刺鉄線で囲まれ、そのなかでモンの人々は
暮らしている。

 そして、ベトナム(インドシナ)戦争終結から26年。

 いま、アフガニスタンでは北部同盟が戦う。
アメリカの支援を受けながら。
アメリカの戦争と言いながら、地上で実際に戦っているのは
北部同盟の兵士たち。

 北部同盟もまた、母体はアフガニスタンの少数民族である。

 アメリカという国は、いつもこうしてきた。
自国兵士の身代わりとして、他民族に武器を与え、戦わせてきた。

 流れるのはいつも他民族の血。
他民族ならば、いくら人々が死のうとほとんど関心を示さない。

 アメリカというのは、そういう国。


モン族の女の子

JALとJAS。 2001年
11月11日(日)

 日本航空と日本エアシステムが経営統合するとのこと。

 実はその気配は以前からあったんです。
もう7年ぐらい前になると思うんですが、
JASの搭乗券(ボーディング・チケット)が変更になり、
JALと同じものになりました。
 そのときからシステムを含めた統合の準備は整っていた、と
見るべきなんでしょう。

 さて、「全日空王国」広島への影響は。(^◇^;)


この「鶴丸印」、個人的にすごく
好きなデザインなんですけど。

現在のJALのホームページには
なんと一か所も使われてないん
ですよねぇ。(^〜^;)ムゥ


いんどじんのくろんぼ。 2001年
11月2日(土)

 「だるまさんがころんだ」という遊び、知ってますよね?(^◇^;)

 鬼が木や電柱に向かって鬼が「だるまさんがころんだ!」と
言っている間に他の子どもたちが動いて、言い終わった鬼が
振り向いた瞬間からピタッとその姿勢のまま静止していなければ
ならない、というあの遊び。

 実はあの遊び、福岡では「いんどじんのくろんぼ」っていうんです。
もちろん、鬼が言うセリフも「いんどじんのくろんぼ!!」。
どちらも10文字ですから、10数えるという役割は一緒なんですが、
今考えるとまあ、なんというかすごい名前の遊びだこと。(^◇^;)

 しかし福岡に生まれ育った私にとっては、逆に
この「いんどじんのくろんぼ」は全国共通だと思っていました。。
しかし、他の土地にはまったくなかったのです。
 東京での学生時代、いろんな地方出身の仲間に聞いても
「だるまさんがころんだ」ばかり。
「いんどじんのくろんぼ」は、大ウケはするのですが。(^〜^;)ムゥ

 また、広島でもやはり「だるまさんがころんだ」とのこと。

 やはり「いんどじんのくろんぼ」は、奇才・タモリを生み出した
特異な土壌・福岡ならではの突然変異なのか…。(^〜^;)ムゥ
そう思わざるを得ませんでした。
(実はタモリは高校の部活の先輩なんですが。)

 しかし。

 最近、意外なところに「いんどじんのくろんぼ」があることを
知りました。

 それはなんと金沢。

 金沢と福岡。500kmもの空間を超えて
「いんどじんのくろんぼ」文化圏が点在する。

 このふたつの地点を結びつけるのはいったいなんでしょうか。
謎は深まるばかりです。(^〜^;)ムゥ


牧場今昔物語。 2001年
10月28日(日)

 小岩井農場といえば、岩手県にあるチーズやバターなどが
有名な牧場。当然、飼われているのは牛が主体です。

 しかしここはかつて、競走馬(サラブレッド)の牧場でもありました。
戦前、三菱財閥の岩崎家所有の牧場として、英国から輸入した
種牡馬(種馬)をもとに多くのサラブレッドを生み出していました。

 財閥が馬を作ったのは、道楽のためだけではありません。
第二次大戦が終わるまで、馬は重要な兵器のひとつでした。
優秀な馬を選び抜き、その子どもを数多く作ることは、
そのまま強い軍隊を作ることでした。
 そして競馬は能力検定競走として、今とは違った重要な役割を
担っていたのです。

 日本の競馬の頂点・日本ダービー。
この歴代の優勝馬のなかに、小岩井農場で生まれた馬の名を
いくつも見つけることができます。
 カブトヤマ、ガヴアナー、セントライト、ミナミノホマレ…。
その数、6頭。
 これは千葉県にあった天皇家の牧場・下総御料牧場と並ぶ
日本競馬史上堂々の一位。戦前、このふたつの牧場は
毎年のように日本ダービーを争っていた「二強」だったのです。

 しかし昭和20年、日本は敗戦。

 「兵器」であったサラブレッドの生産はGHQによって禁止され、
小岩井農場も下総御料牧場も解体されました。
そして小岩井農場は牛の牧場として生まれ変わったのです。

 では、天皇家の牧場、下総御料牧場はどうなったでしょう。

 かつて「天皇の馬」がのんびりと草をはんでいたその場所では、
いま、年間13万回を超える飛行機が離着陸しています。

 そう、下総御料牧場の跡地は成田空港になりました。

 もしこんど、成田から飛び立つことがあったら、
かつてここには緑の牧草の絨毯が敷きつめられていたこと、
ここを飛び跳ねていたかわいい子馬がいたこと、
そしてここから旅立って日本の頂点に立ったサラブレッドが
いたことを、ちょっと思い出してあげてください。


最低限のお行儀。 2001年
10月22日(月)

 魚をきれいに食べられるひとって、好きです。
「ああ、このひとはいい育てられかたをしたんだな」と
それだけでその人に対する好感度はアップ。
 少々ドン臭かろうが、甘ったれてようが、
即座に許してしまいます。

 一方で、「食べ散らかす」ようにして食べる人は
料理人にも徹底的に嫌われるようですね。

 あるとき、イタリア料理店で
女性が『うまい、うまい』と言いながら
食い散らかすのを見ました。
 せっかく出てきたコース料理の皿を
つっつき回すだけつっつき回して、喋りつづけています。
そして冷めきった料理をちょっとだけ食べて、
それでも『うまい、うまい』を連呼する。

 いったい、このひとは何を味わっていたのでしょうか。

 また、ある店に来た女性は、
その店の主人に向かって「あの店は本場の味!!」などと
ヨソの店のことをしきりにホメちぎっていたそうです。
 しかし、そんなことを言われて、主人がどんな気分になるのか、
考えが及ばないひとなのでしょうか。その女性は。

 その食べ散らかしかたも、おそろしく汚いものだったと
主人はいいます。
それは、トイレに扉のない国のレベルでしょうか。

 出されたものをきちんといただく。
この、食べ方の基本的なことをちゃんとできてはじめて、
グルメだなんだと言っていただきたいものです。(^〜^;)ムゥ


『北枕』は健康にいい? 2001年
10月9日(火)

『よく、北枕はしちゃいかん、って言うじゃないですか。
 でも、私が調べた結果では北枕のほうが
 健康にいい、ということがわかりました。』


 九州に勤務していたころ、ある仕事でいっしょになった
地元新聞社のOBのひとの言葉である。

『実はね、私、ひと様の葬式に行くたびに、亡くなられた方が
 普段、どの方角に枕を置いて寝てたのかを聞いてたんですよ。
 不謹慎だとは思いましたけどね。そしたら、東が一番多くて、
 次が南。圧倒的に少なかったのは北だったんですよ。
 つまり、北枕はむしろ健康にいいと。以来、私は北枕で寝てます。』


「…へぇ、それはすごいデータですねぇ。」
私はそう相づちを打ちながら、なんかおかしいとは思っていた。
しかし、なぜなのかはその場では論理的に説明できなかったし、
取材対象である彼に対して「それ、なんかおかしいですよ。」と
言ったところで場の雰囲気を壊すだけで意味はなかった。

 トリック(本人はトリックのつもりではないが)は簡単であった。
北枕は忌み嫌われるから、そもそも北枕にして寝る人は少ない。
つまり、北枕にして寝る人、という母数が少なければ
死ぬ人の絶対数が少ないのはごくごく当たり前なのである。

 しかし、こういうことをわざわざ『取材』し、『分析』する
記者がいたという新聞社っていったい…。(^〜^;)ムゥ


八つ当たり。 2001年
10月8日(祝)

 激怒して拳を振り上げたものの、
殴るべき相手がどこにいるかわからないから
その相手の友人をぶん殴る。

  今回の戦争って、とどのつまりそういう構図なんですよね。
ビンラディン氏の行方がつかめないからと、
タリバン政権の打倒を目指し攻撃を加える。

 でも、それって「八つ当たり」でしかない。
アフガニスタンの一般国民にしてみたら、
こんな迷惑な話はないと思うんですけど。


伝えるということ。 2001年
10月7日(日)

 よく、「言葉を覚えたければその国の人に恋をしろ」とか
言いますよね。
これは、「伝えたい」というエネルギーが上達を早める
わけですけど、なにも恋をしなくてもいい、ということが
分かりました。(@゜◇゜@)ノ□

 ベトナムのホイアンという町のレストランで、
隣でタバコを吸ってる米国人女性に
「すみません、喉の調子が良くないので(本当)、
 タバコをやめていただけないでしょうか?」と
丁重にお願いしたのに全然やめてくれないので、
けんかになりました。
「あなたの国では、こう頼まれればやめるでしょ?
 なんでやめてくれないの?」ととがめると、
「だってここはベトナムだから。」とふざけたことを言います。
そこで怒って
「ベトナムじゃ普通、女性はタバコを吸わないんだ!」(本当)と
言ったら、さすがに彼女はグウの音も出ませんでした。

 勝った。(@゜◇゜@)ノ□

 しかしまあ、怒っているときって、
なんであんなにスラスラと言葉が
でてくるんでしょうねぇ。ヽ( ´ー`)ノふっ

 ということで、英語が上達したければ、アメリカ人と
ケンカするのがいいでしょう。(@゜◇゜@)ノ□

…たぶん、
命がいくつあっても足りないけど。(^〜^;)ムゥ

嫌いなひと。 2001年
9月27日(木)

 なにが嫌いかと言って、
「おカネを投げる人」ほど嫌いなものはない。

 コンビニなんかで、よくそういう人を見ます。
その瞬間、その人の品性の卑しさがさらけ出されたようで、
怒りと哀れみと軽蔑と悲しみの入り混じった、
複雑な気持ちになってしまいます。

 いったい、どういう気持ちでおカネを投げてるんでしょうね。


よくできたウソ その2 2001年
9月26日(水)

 「水田は、ダムの役割を果たしている。」

 この水田の効用を、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。

「全国の水田全体では44億立方メートルを貯留できると試算され、
 黒四ダムの25個分に相当、その洪水防止機能は
 2兆8,789億円にものぼる」
                  (農林水産省農業総合研究所による)

 そう言われると、「ほぉ。」と思わず頷きたくなりますよね。

 しかし、まあこれがまたよくできたウソなんですよ。ヽ( ´ー`)ノふっ

 数字が問題なのではないのです。
といっても44億立方メートルという数字は、全国の水田の面積に
30cm程度の高さをかけて算出した小学生レベルの試算でしょう。
 洪水防止機能にしたって、44億立方メートルを
現在の黒四ダムの価値で割っただけのものでしょう。

 しかし、そんな計算をしたって無意味なのです。
そもそも貯水できる量などは問題ではないのですから。

 問題は、そもそも水田にはダムの役割など果たせないし、
そんな機能を水田に求めること自体が
ナンセンスだということなのです。


               ☆

 事前に断っておきますが、
私は水田にダムの役割がないからといって
日本の水田は必要ない、などと言うつもりはありません。

 2千年以上にわたって日本人の主食・基礎食糧であり続け、
いまも日本文化の根幹を成す稲作と日本の食生活が
破壊されていいわけがないと思っています。

 問題は、「水田はダムの…」などという姑息な屁理屈でしか
日本の稲作を擁護しえない人間たち・組織の存在なのです。

 もっと堂々と、「日本の米が世界一うまい」と言えばいい。
ストイコビッチのように。

 なぜ日本人は白いごはんを食べるのか。
なぜカレーをかけたり、油で炒めたりしなくていいのか。
それは、日本のコメそのものが世界一うまいからである、と
胸を張って言えばいいのです。
だから日本の稲作を守ろう、日本のコメをもっと食べよう、と。

              ☆

 さて、本題に戻ましょう。

 なぜ、水田はダムの役目を果たせないのでしょうか。
まずは、田植えから梅雨時までの水田を見てみましょう。

 梅雨の時期、稲は大きく成長していきます。

 この時期の稲は、多くの水を必要とするため、稲の株が十分に水に浸るよう
水田の排水口は板などによって閉じられ、目一杯の水が張られています。

 さて、このとき雨が降ったらどうなるでしょうか。

 すでに水田には目一杯の水が張られています。
そこに大量の雨が降ったとしても、水はあふれるだけなのです。
つまり、排水口の板の高さを超え、そのまま下の水田に流れ下っていくのです。

 しかも普段から水がたたえられている水田の土壌は、すでに十分な水を
含んでおり、雨が降ったからといってそれ以上の水が浸透していく余力などありません。

 つまり、この時期の水田には、畑などの普通の地面よりも保水能力は少ない。
ただ、降った雨を下流に流すだけの機能しかないのです。

                ☆

 では、台風の時期、稲刈りの近づいた田んぼはどうでしょうか。

 この時期、水田は水が抜かれ、干からびています。
すでに稲穂が実りはじめた稲は、もう水をあまり必要としません。
だから水田の排水口は開けられています。

 もしここに大雨が降ったらどうなるでしょうか?
水は地面に浸透していくか、
排水口を伝って下流に流れ下るだけなのです。

 もし、稲が水につかってしまえば、米は台無しになってしまいます。
せっかく丹精込めて育てた米を、
そんな危険な目に遭わせる農家などどこにもいません。
だから、排水口は開かれているのです。

 つまり、この時期の水田は、畑と同じ程度の保水能力しかないのです。

                  ☆

 ダムというものは、大雨が降ったときは貯水し、
雨が降らないときにあえて放流するものでなければなりません。

 しかし、水田はそんな機能をほとんど持っていないし、
持つべき使命など与えられてはいません。

 「水田はダムの役割を果たしている。」

 最初聞いたとき、だれもが信じてしまう、巧妙なウソのカラクリ。
あなたも、騙されてはいませんでしたか?


水道水のジュース。 2001年
9月21日(金)
 100%ジュースの中身の、実に80%が水道水って知ってますか?

 まさか、と思うでしょう。
しかし、いまあなたの家にある、または店頭に並んでいる
100%ジュースのパッケージをよく見てみてください。
そのほとんどに「濃縮還元」の文字があるはず。

 これは、搾った果汁を5倍程度に濃縮したものを、
再び水で薄めて元の果汁の濃度に戻したことを示すもの。
つまり、薄めるために水が加えられているのです。

 なぜこんなことをするのでしょうか。
例えば、みかんが収穫されるのは秋から冬です。
ですから、果汁を搾れるのも主にこの期間だけ。
 ところが、ジュースの需要は一年じゅうありますから、
搾った果汁はずっと保管しておかなければならない。
しかし、搾ったままの果汁をそのまま保管したのでは
それだけの場所も必要ですし、輸送にもコストがかかります。

 そこで果汁は濃縮して保管されるようになりました。
5倍に濃縮すると、保管や輸送のコストも約5分の1で済みます。
ですからいま、ほとんどのジュースはこうした濃縮果汁を
原料に作られているのです。
もちろん、海外産、国産を問わず。

 そして、工場で最終製品を作る際に薄める水の元は
ほとんどの場合、工業用水から作られた水、水道水なのです。

 さすがに、天然水を使おうにもコストがかかりますし、
たとえ使ったとしても「天然水使用の100%ジュース」と言って
売り出すのはあまりにもナンセンス。*注
 ですから、ほとんどの100%ジュースは、これからも
その80%が水道水であり続けることでしょう。

 もし、この事実に驚き、
「そんな100%ジュースなんか…」と、思われたら
「ストレート果汁」と書かれたものを探してみてください。
 これは、濃縮していないそのままの果汁を使ったものです。
そのぶん、けっこうな値段がしますが。


ウソと思う?














*注
この文章を書いた時点では
知らなかったのですが、
伊藤園の紙パック入り
リンゴジュースに
「天然水使用」という
ものがありました。

…なんと勇気のある。(^◇^;)