Pigeon's Milk 2002年
5月30日(木)

 透明でありながら、圧倒的に力強い声。
繊細でありながら、心の奥深くにまで入り込んでくるその声。

 女性ヴォーカルに二本のギター。
たったそれだけの“音”に、
足を止めてしまった。

 東京・渋谷のマークシティ前。
たまたま通りかかっただけのストリートライブ。

 人々が足を止め、
その声に魅了されていく。
 いつしか彼女たちのまわりには
大きな輪ができあがっていた。

 女性ヴォーカルに心揺さぶられたのは
何年ぶりのことだろう。

 彼らから1500円のCDを買い求めて、
初めて彼らの名前を知った。

 Pigeon's Milk(ピジョンズミルク)

 彼女の声を聴かずに
女性ヴォーカルを語ることなかれ。


Pigeon's Milk

仕組まれた報道。 2002年
5月10日(金)

 中国・瀋陽の日本総領事館への
北朝鮮国民とみられる人々の亡命事件。

 あの一連の写真で心打たれたのは、
不安そうな顔で立ちすくむ女の子の姿だった。

 母親が警官に取り押さえられる姿を、
なすすべもなく見ていた女の子の顔。

 なぜ母親が捕まるのか。
なにか悪いことをしたのじゃないか。
その不安と恐怖でいっぱいだったあの子の心を思うと
胸が締めつけられる思いがする。

           ☆

 今回、日本の総領事館に中国の武装警官が無断で踏み込み、
亡命を求める人々を連行したこと、そして
それを許した外務省の対応は非難されるべきものである。

 しかし最大の疑問は、

 “なぜ、あの瞬間が捉えられていたのか”。

 つまり、なぜあの日、あの時間、あの総領事館に
北朝鮮の人々が駆け込むことが分かっていたのか。
 もし事前にわかっていたのでなければ、
領事館の前の建物のベランダに、カメラとビデオカメラを持って
複数の人間が陣取ったりはしない。

 今回の報道の背景には、
あの映像を撮らせ、公開することで
何らかの目的を達成しようとした人間、
あるいは何らかの利益を得ようとした人間の存在がある。

 それがいったい誰なのか。

 今回のニュースの裏に隠された、最大の疑問である。







手づくりの靴。 2002年
4月23日(火)

 「ジジババ」という名の靴があります。
その名の通り、最初は高齢者向けに作られた“足にやさしい靴”。

 足の親指が小指側に変形し、痛みの元となる“外反母趾”をはじめ、
靴を履くと痛い、足にぴったり合う靴がないといった、
足に悩みを抱える人々は女性や高齢者に数多くいます。

 「ジジババ」は、そうした人々のための靴。

 一足一足、手縫いで作られるこの手づくりの靴は、
羊の革を使い、足を包み込むような独自の構造を採用したことで
足への当たりのやわらかい靴となりました。

 さらに、60種類のサイズのなかから細かく修正をかけていく
セミオーダーメイド方式を採用したことで、
2万円前後と手の届く価格が実現できました。


 この「ジジババ」を中心となって作るのは、
東京・浅草の親子三人の靴職人。

 浅草を中心とする台東区は、日本の革靴の3分の1、
およそ7000万足を生産する日本一の産地。
 しかし、この“靴の街”はいま、中国製などの
安い靴の流入で存亡の危機に立たされています。

 日本人だからこそ、日本人の足を知っている。
日本にいるからこそ、作れる靴があるはずだ。

 かつて名門靴工場の経営者家族として会社の危機を経験し、
苦労を重ねた親子三人。
 彼らはいま、手を携えて手づくりの靴を作り続けています。

 その「ジジババ」の靴が、こんど広島に初めてやってきます。
5月8日(水)〜13日(月)、広島そごう本館9階催事場へどうぞ。


おそるべしチリワイン。 2002年
4月20日(土)

 またまたすごいワインに出会ってしまいました。
その名は「セーニャ」。チリのワインです。

 とにかくとにかく、味のバランスが素晴らしいのです。
渋み、酸味、甘味、そしてバニラのような香り。
それらがどれひとつとして突出することなく、
しかしそれぞれの味がふくよかで、
しっかり主張しながら凝縮されています。

 こんなに高次元で豊かに味がまとまったワインは、
フランスを探してもなかなか出会えないような気がします。

 ネットで調べてみると、この「セーニャ」というワインは、
カリフォルニアを代表するワイナリー、ロバート・モンダヴィが
チリのワイナリーと作った合弁企業の、
まさにフラッグシップ(旗艦)のワイン。
「セーニャ」はスペイン語で「卓越した印」「シグネチャー(署名)」という
意味だそうです。

 一本9000円くらいしますが、
間違いなくそれ以上の価値のあるワインです。
ぜひ、大切な日の一本として、どうぞ。


飲茶製造ロボット。 2002年
4月10日(水)

刺身のツマはついつい食べてしまいます。

我ながら貧乏性だと思いますが、スーパーのパックの刺身のツマは
ドレッシングをかけてでも、もったいなくてやっぱり食べてしまいます。

で、食べながらふと思いました。
これだけツマが消費されるならば、よほど簡単な機械があるはずだ、と。
「刺身 ツマ 自動」で検索してみたら、
こんなページが引っかかってきました。
http://navi.fooma.or.jp/b_guide/bunya_result.php?Index=2

「刺身つま製造機」から「牛蒡ささ切り機」に「イチゴへた取り機」、
果ては「全自動餃子製造機」に「飲茶製造ロボット」まで…。
食品の製造が、ここまで自動化されているとは知りませんでした。

まあしかし、広島で飲茶がおいしいと某サイトで絶賛の店も、
実は業者の作った冷凍食品だったりするわけですから、
そう驚くに値しないのかもしれませんがね。ヽ( ´ー`)ノふっ


ぴったりのひと。 2002年
3月29日

「人生でたった3人だけ、あなたとぴったりのひととめぐり合う。」

ずっと昔に聞いて、ずっと耳に残ってる言葉です。

あなたは、何人と出会いましたか?


定食の復権。 2002年
3月25日

私が学生の時、
東京の高田馬場に「大戸屋」という一軒の定食屋ができました。

いちばん安いコロッケ定食が300円。
十数年前の当時といえども破格の、学生食堂並みの安さに、
我々の仲間は何度となくお世話になりました。

当時、私たちはこの店を「ゲロ屋」と呼んでいました。
「大戸」→「おうと」→「ゲロ」という連想からつけた
失礼極まりない名前でしたが、
ある意味それだけの愛着を持っていたのかもしれません。

いちばん覚えているのが、この店のごはんがべちゃべちゃだったこと。
よく、米のとれない地方ほど水加減が多い、と言いますが
その例えに当てはめるならば
この店はよほど米を増やしてみせたかったのでしょう。

それから十数年。
いつの間にか「大戸屋」は変わり、立派に、大きくなっていました。
現在の店舗数は首都圏に80店あまり。
総売上80億円あまりの立派な大チェーン店になっていました。
高田馬場の店が2軒目だったことからすればまさに隔世の感です。

いま、渋谷にある「大戸屋」の一軒では
若い女の子たちが列を作り、和洋食の定番メニューを食べています。
彼女たちが食べるのはハンバーガーでも牛丼でもない
ご飯と味噌汁とおかずが揃った「定食」。

「子どものときからハンバーガーを食べ続ければ、
日本人も一生ハンバーガーを食べるようになるはずだ。」
そう、日本マクドナルドの藤田田はうそぶいていました。

しかしいま、私たちの前に繰り広げられている光景は
まさに「定食の復権」、「日本食の復権」なのです。
そう、やはり我々は「日本人」だったのだと。


ダンナの価値。 2002年
3月14日(木)

100円のクリーニングって、知ってますか?
福岡の会社が始めて、広島や関西、
さらに首都圏にも進出したんだそうですが、
こないだ、そのオープンしたばかりの店に見学(?)に行ってみました。

オープンからまだ数日ということで、来ていた客のほとんどは初めて。
その多くが主婦だったんですが、見ていて気になったのは
彼女たちが持ってきてた衣類の内容でした。
背広とか、ワイシャツとか、なんか男性ものばっかり…。

話を聞いてみると「実際、どんなものか試してみようかと思って。」
「やっぱり、100円って安いですからね、最初はこわごわって感じで。」
「これで仕上がりがよかったら、ほかのも持ってきます。」とか。

…それってつまり、ダンナの背広は“実験台”ってこと?(^◇^;)

う〜ん、またひとつ結婚に希望を持てなくなる体験でした。(^〜^;)ムゥ