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発言の耐えられない軽さ。 2010年
4月11日(日)




もはや耐えがたいレベルの軽さです。

鳩山由紀夫の発言は。


まずは下に並べた普天間移設問題に関する
発言の数々を見てください。
                         (飛ばして本論に行くかたはこちら



基本的には県外、できれば国外と思っている。 2009/8/23

日米で合意した前提の下での解決を目指す。  10/07

沖縄県民の総意をうかがう必要がある   10/13

来年は名護市長選がある。
沖縄県知事選まで見渡すとかなり時間がかかる。
その中間ぐらいのなかで結論が必要。   10/16

トラスト・ミー。(オバマ大統領に)    11/13

オバマ大統領とすれば日米合意を前提と思っていたいだろうが
それが前提ならば作業グループを作る必要がない。
名護市長選の結果を見て方向性を定めていく。   11/14

日米合意は重く受けている。
しかし選挙では前政権とは同じでない政策を掲げる。  11/16

日米合意をもとにすべてを決めるなら議論する必要がない。 11/16

できるだけ早く結論を出したい。
だから『トラスト・ミー』と(言った)。    11/19

私が案を作る。(11/19)

日米でやっている最中だから、時間的にはあまり
延ばさない方がいいという認識を政府は共有している。
飛行場なのでズルズルと延ばし続けると何が起きるか
分からない。無責任に延ばすことはできない。   11/30

当然のことながら辺野古(の現行案)は生きている。 12/4

(普天間からの移転を)グアムは期待している。12/4

政府としての考え方を、最終的にどういう風に
米国に対して申し上げるかを決めるときが来たと
思っている。                12/7

考え方は詰まってきている。もう12月だ。
米国に対し、われわれの考え方を交渉材料として
主張する方針を固める。            12/9

針の穴にロープを通すくらい難しいことかもしれない。
でも私はあきらめていない。          12/17

現行案で難しくなければ、すでに答えが出ている話だ。
そこは難しいからこそ、来年の5月(まで)という時間の中で
最適の答えを出そうと努力を開始したところだ。 12/30

昨年末までに結論を出していたらどうなっていたかと
考えたとき、5月末まで(に決める)という形にして、
今は良かったと思う。             2010/1/22

私どもは移設に関する検討委員会を作り、精力的に
活動してもらっている。ゼロベースで、国が責任を
持って5月末までに結論を出す。必ず、履行する。 1/25

(キャンプ・シュワブ陸上案は)かつてうまく
いかなかった案だとしても、検討する価値はある。 2/17

沖縄はじめ国民の理解が得られないものに
決めるわけがない。               3/8

米国や沖縄県民の理解が得られる案に作り上げていく。 3/9

県外移設は難しい。沖縄県民の気持ちからすれば
(県外移設が)望ましいという気持ちを大事にしたい。
その中で難しいけれど頑張っている。       3/19

米国は現行案がベストだと思っていると思うが、
それだけにとらわれない幅広い考え方を持ち合わせて
いると思う。                  3/21

一番大事なことは普天間の危険性の除去であって、
それを極力急がなくてはならない。そこ(危険性の除去)を
まず最初に行っていこうと(思う)。       3/24

県外移設を諦めている状況ではない。
選択肢に含まれる。               3/24

 


今回、過去の発言をピックアップしてみて、
あらためてその“軽さ”にあきれました。むちゃくちゃです。


どうしてこんなに発言がぶれるのか。


そこには、鳩山由紀夫という男の出自が絡んでいる気がします。


鳩山一郎が祖父、鳩山威一郎が父という政治家一家の直系。
莫大な資産を持つブリヂストン創業者の娘が母。
鳩山由紀夫という男は、生まれた瞬間から地位と名声と富を
すべて約束されていた存在です。

常に周囲には後援会をはじめとするたくさんの取り巻きがいて、
経済的にも不自由などあるはずもない状況。 なにしろ60歳にも
なって月々1,500万円のお小遣いをもらえる家なのです。

鳩山はただ、「これをやりたい」と言いさえすれば、周囲が即座に
すべてかなえてくれる環境に生まれ、それを当然だと思って育って
きたのでしょう。


つまり鳩山の発言は、それが実際にできるかできないかではなく、
「こうなったらいいな」という単なる思いつきのレベル。

言いさえすれば周囲がどうにかして実現してくれるはず、という
子どもじみた甘えの構図が見え隠れします。

でなければ、「県外、できれば国外」「沖縄県民の総意を得る」
などという言葉が出るはずがありません。ここまで言を左右する
はずもありません。


これが鳩山由紀夫の言葉のぶれの正体なのです。



もともと沖縄は、キャンプ・シュワブ沖合埋め立て案での受け入れを、
「やむなく容認する」(稲嶺沖縄県知事)という姿勢でほぼまとまって
いました。

米軍基地が残ることは本意ではないけれど、移転によって
普天間基地周辺の危険性が除去され、それと同時に
経済発展の遅れた沖縄本島北部の振興につながるならば
甘んじて受けましょう、ということでした。

沖縄本島という島は、長さ100キロほどの小さな島なのですが
実は南部と北部では大きな経済格差があります。
また、珊瑚礁が美しい砂浜に恵まれた西海岸と、断崖が続く
東海岸との間でも観光開発による発展の差が明らかです。

北部山岳地帯・やんばるの根元にあって、東海岸に位置する
辺野古周辺はまさに沖縄で最も経済発展から取り残された地域。
実際にこの周辺を訪れたことがありますが、共同売店と呼ばれる
小さなひなびた食料品店以外なにもないうらさびしい地域でした。

キャンプ・シュワブ沖合埋め立て案は、この地域に経済発展を
もたらすものとして期待されてきた側面があるのです。


その普天間移設問題で、鳩山は「最低でも県外」なんて思いつき
レベルの発言をしてしまいました。それは沖縄県民に安易な夢を
見せることになり、まさに“寝た子を起こす”形になってしまいました。


そりゃあ、米軍基地なんてないほうがいいに決まっています。


しかし、目と鼻の先で台湾と中華人民共和国が対峙し、また
日中間でも領土や海底資源の所属をめぐっていくつもの火種が
くすぶるなかで、米軍のプレゼンスがない状態は沖縄そのものを
非常に危険な状態に置くことになります。もちろん日本全体も。

また、米軍の存在はすでに沖縄の社会に深く組み込まれて
しまっています。米兵とその家族の消費や、基地で働く人々の
得る賃金、それに基地の莫大な地代(借地料)がなくなれば
沖縄経済は崩壊しかねません。


なのに先の見通しや戦略がまったくないまま、思いつきの言葉で
行き当たりばったりの発言を繰り返した結果が、この混乱。

鳩山や民主党にとっては自業自得ではあっても、迷惑なのは
沖縄県民です。いったん県外移設の夢を見せられながら
“やっぱり県内でした”となるのでは失望が深まるだけ。
かえって不幸になるだけです。


鳩山由紀夫そして民主党が、実際にはできもしない甘い言葉を
ささやき、人々を騙してきたという事実は、すでにマニュフェストに
盛り込んだ政策すべてで明らかになっています。


それはもう、国家的詐欺と言っても過言ではないかもしれません。


                                  (敬称略)


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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#2010411a


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壊れる子ども。その2 2010年
4月11日(日)



以前ここでご紹介した「壊れる子ども」。



同一人物とは思えない壊れっぷりに、一部から高い評価と
驚きの声をいただきました。


その続編を、ずっと昔に作っていながら忘れてしまっていました。

下の画像をクリックして、どうぞごらんください。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100411


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たちあがれ日本。 2010年
4月10日(土)



みんなもう忘れてしまっていますが、小泉純一郎は首相当時、
郵政民営化のほかに「首相公選制」も重要な公約のひとつに
掲げていました。


現行憲法下では、内閣総理大臣は国会の指名によって選ばれます。
しかも、指名されるためには国会議員であることが条件。
これを「議院内閣制」と言います。

つまり国会で多数を占める政党から、その政党で力を持つ者が
首相に選ばれることになるこの制度。
たびたび密室政治や政権のたらい回しの温床となる可能性が
指摘されてきましたし、リーダーシップや優れた政策を持つ者よりも
集金力や面倒見の良さを持つ者のほうが首相になりやすくなる、
という歪みもありました。

それに対し首相公選制は国会議員の要件を外し、国民による
直接選挙を行うことで、真に首相にふさわしい人物が選ばれる
ようにするというもの。
アメリカなどの「大統領制」に限りなく近い制度と言えます。


2001年の自民党総裁選で、“橋本龍太郎有利”の下馬評の
なかで、変化を望む声なき一般党員の票によって大どんでん
返しの圧勝を経験した小泉。

この経験から、小泉は自分のような首相を生み出すために
首相公選制を推し進めようとしたと考えられがちですが、
私はどうもそうではないんじゃないかと思ってきました。


つまり小泉は、具体的な誰かを首相にしたいがために
首相公選制を実現しようとしていたのではないかと。


その具体的な誰か、とは誰か。


石原慎太郎です。


小泉は、石原が国会議員だった時代に同じ派閥(清和会・福田派)
属した仲でした。しかもふたりは遠い親戚関係にあります。

また、小泉が再選を目指した2003年の自民党総裁選では
石原は大方の予想を覆し、それまで交友関係にあった
亀井静香を裏切って小泉支持を早々と打ち出し、小泉再選の
流れを決定づけています。

小泉と石原。このふたりの間には、強い信頼関係があったと
考えるのが自然です。


石原慎太郎は、1999年の都知事就任以来、国に先駆けて
画期的な政策を数多く打ち出し、実行してきました。

それまで危機的状況にあった都の財政の再建を成し遂げ、
ディーゼル車の排ガス規制認証保育所制度の創設、
中学生以下の子どもの医療費無料化の推進などで国や
全国の自治体の先を走ってきました。

また羽田空港の再拡張や赤坂議員会館の建て替え問題、
東京メトロの株式上場についてなど、国に対し対等な立場で
モノが言える首長は石原ただ一人
と言っていいでしょう。


強烈なリーダーシップを持つ彼が首相ならば、との思いは
都民ならずともたくさんの人々が抱いていると思います。


少なくとも小泉の首相在任時に首相公選制を導入すれば
次の首相の座にいちばん近い位置にいたのが石原であった
ことは間違いありません。

もし小泉が首相公選制を実現していたら、いまごろ日本は
どうなっていただろうかと思います。



さて。


きょう(4月10日)、新党「たちあがれ日本」が結党されました。


右派の平沼赳夫が代表で政策通の与謝野馨が共同代表。

国家観が違いすぎる、とか郵政民営化をめぐって賛否のふたりが
うまくやれるのか、とか平均年齢が70歳の「家出老人」の集まり
であるとか、他党やマスコミの連中はやっきになってくさしている
ようですが、そんなことはこの党の本質とはまったく関係ありません。


「たちあがれ」という動詞、しかも命令形という、意表を突いた
斬新な党名は、石原慎太郎が名付けました。

しかも政党要件として必要な国会議員5人のほかに、わざわざ
都知事の身分で自ら加わり、発起人にも名を連ねています。



そう、これは平沼新党でも与謝野新党でもなく、石原新党

たぶん石原は、来年の三期目の任期満了で都知事を退いたあと、
衆院選に出馬、ふたたび国政に打って出てくることでしょう。




かつて小泉純一郎が首相公選制で目指したものが、近い将来
実現する日がやってくるのかもしれません。




                                 (敬称略)


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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100410a


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咲き続ける桜。 2010年
4月10日(土)




先月23日に開花宣言が出てから、きょうで3度目の週末。



こんなに長く桜が咲き続けた春は、記憶にありません。


開花直後に真冬並みとなり、満開になってまた
冬の寒さに逆戻りしたのが花を“引き締めた”のでしょう。

しかも後半の週末は天気に恵まれましたから、
花見がGDP(国内総生産)を押し上げる効果も期待できそうです。


私自身も、この春はたくさん花見を楽しめましたし、
いい写真も残すことができました。


これは新宿御苑で撮ったもの。



今回、御苑をくまなく歩いてみたのですが、
桜の木の多さを再認識するとともに、種類の多さに驚きました。



この写真は、御衣黄(ギョイコウ)という名の桜。

いまはまだつぼみですが、緑の花びらを持つ桜だそうです。

開いたところを見てみたいものです。



次は代々木公園。



数本の桜が集まり、まるで一本の巨木のよう。

代々木公園の花見の特等席ですね。



そして、とっておきの穴場の箱根山。



新宿区の戸山公園にある小さな人工の山ですが、
標高44.6mは山手線の内側で最も高い地点です。



周囲をぐるっと桜が取り囲んでいて、
視界全部が花で埋めつくされるという知られざる絶景ポイント。

いかに素晴らしい眺めか。

こちらに、箱根山山頂からのパノラマ写真がありますのでどうぞ。



ところでこの箱根山、まわりを都営住宅で囲まれています。


そこで、こんな看板を見つけました。



花見客の立ちションに困って立てたのでしょうか。




わかりました。


でも、「 大 」はどこでしろと?




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100410


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秘密のあんみつ。 2010年
4月3日(土)





東京という街がつくづく不思議だと思うのは、
花見をするためには都心に行かなければならない
ということです。

上野公園、新宿御苑、代々木公園、隅田川、浜離宮…。

桜の名所と言われる場所のほとんどは都心に集中し、
人々は休日になってもまた都心に押し寄せてくるのです。


裏を返せば、東京の郊外にはいかに緑が少ないかということ。

それは下の航空写真を見れば一目瞭然です。


大きな地図で見る

緑の塊は皇居のほか、代々木公園(明治神宮)、神宮外苑、新宿御苑、
上野公園のほかに六義園と目黒の国立科学博物館附属自然教育園が
認識できる程度。

山手通りの外側は、環八はおろかJR武蔵野線あたりまでほとんど
緑は見えないと言っていい状況です。

つまり身近に自然を感じるためには、高尾あたりのかなり離れた地域に
住むか、むしろ都心に暮らした方がいいという現実。
なんともいびつな都市です。


さらに言えば、多くの人々がこのことに気づかず、
中途半端な郊外に住みたがるということがいちばんの不思議です。





さて、その都心の桜の名所のひとつ、神田川。



見どころは小滝橋周辺と椿山荘周辺の2か所ですが、
小滝橋近くの遊歩道を下流に向け歩いて3分ほどのところに、
いいお店があります。



讃岐屋という寒天の店。

正確には店というより工場で、
ここで作られた製品は、伊勢丹や高島屋などで
販売されています。


以前、ここは工場併設の直売コーナーがあるだけで
客は軒先に置かれた椅子で食べることができる、という
スタイルだったのですが、いつのまにか店内の直売コーナーの
横に新たなスペースができていました。



イートインというか、簡単なカフェとなっていて、
あんみつやところてんを店内で食べることができます。


ここの寒天は、国産の天草(てんぐさ)を使って作られていて、
かなりおいしいのです。



季節限定の桜あんみつ、500円。

特製の桜あんがちょっと控えめの上品な甘さであっさり。
とてもおいしい一品です。

お茶のほか、花見のピークでなければ求肥(ぎゅうひ)なども
サービスでついてきて非常にお得感があります。





もうすぐシーズンは終わってしまいますが、
花見散歩のついでにでも、ぜひ寄ってみてください。
おすすめです。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100403


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川からの花見。 2010年
4月2日(金)



先日、お花見クルーズに行ってきました。



これは、「あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」というNPO法人が
開催するもので、10人乗りの小さな電動ボートで目黒川をさかのぼり
桜を眺めながら東京の河川環境について考えようというもの。


出発点は天王洲アイルからすぐ近くの東品川海上公園。


NPO法人「あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」ホームページより引用

ここから京急本線、新幹線、山手線などをゆっくりとくぐり、
目黒雅叙園近くまでの往復1時間半の小さな旅です。


公園の河岸に設置された仮設の桟橋に集合。
救命胴衣の説明を受けてから乗船です。




下の写真の奥に見えるのが目黒川。
ここを桜目指してさかのぼっていきます。




今回、運良くまるまる1隻を貸し切ることができましたので、
友人知人を募ってのお花見ツアーとなりました。



テーブルを囲んで10人が一緒にお話できる
このスタイルから生まれる親近感がとてもいい。

充電池&モーターによる電動ボートですから
音もなくゆっくりと進んでいきます。

屋形船では得られない優雅さです。


このツアーを開催したのは、3月第三週。

3月初めの予約申し込み開始の時点では
かなり早い開花が予想されていたこともあり
この時期に予約したのですが、開花こそ早かったものの
その後の冷え込みで花はなかなか開きません。



開き具合は樹によってまちまちで、
だいたい3分咲きといったところでしょうか。



しかし、桜よりも興味深いのは川からの目線そのもの。

我々が知らなかった東京の一面を見せてくれます。



大崎付近の山手線です。



隅田川だと、橋にはその橋の名前が書いてあるのですが、
目黒川の橋には、川の名前が書いてあります。
間違ってのぼってこないようにするためでしょうか。




この橋のノズルからは、下水道を処理したきれいな水が
放水され、水量増加によって水質改善をはかるように
なっているとのこと。



上の排水口からの水も汚染された水ではなく、
地下鉄のトンネルで湧きだす地下水をそのまま流しているもの。
これもまた河川の水質改善に役立つものなのだそうです。


下の写真は「目黒川荏原調節池」



一定の水位になるとわざと川の水をあふれさせ、
奥の空間に流れ込ませるとのこと。
下には地下30m以上の深さがある調節池があり、
そこに一時的に貯め込むことで洪水を防ぐ仕組み。

いやはや、東京の地下にはいろいろあるものです。




雅叙園が近くなり、桜の木々も増えてきました。



プレジャーボートもやってきました。






船内では、テーブルにいろいろな食べ物が並べられ、
話に花が咲いていました。




船上からの花見とともに、知られざる東京の一面を知った
今回のお花見クルーズ。

来春はもう少し遅い時期を狙って、必ず開催したいと思います。


また、このNPOが普段行っている日本橋川・神田川クルーズも
オフ会などの形でまた開催したいと思いますので、
参加ご希望のかたはご連絡いただければと思います。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100402


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スワン、豹変。 2010年
3月8日(月)



せっかく“お取り寄せ”したのに、
いい音で鳴ってくれなかったスワン



ちょっとがっかり。

このままでは巨大な粗大ゴミにされてしまいます。




原因はくたびれたスピーカーユニットということにして、
打開策を探るべく、まずは秋葉原に行くことにしました。

訪れたのは、コイズミ無線本店
秋葉原というより、銀座線末広町のすぐ近くにある
スピーカーユニットの専門店です。



雑居ビルの2階のフロアーには、“鳴りさえすればいい”
レベルのスピーカーから、超高級スピーカーまで
これでもかと言わんばかりの数が並べられています。



しかしまあ、スピーカーユニットだけでメシが食える店がある、
というところがやはり秋葉原でしょうか。


店に入って、若いお兄ちゃんの店員に
「スワンのユニットを交換したいと思っているんだけど…。」と話したら
「それはお客さん、ちょうどいいところにいらっしゃいました」

…おいおい。  ワシはカモか。





で、その“ちょうどいい”ユニットというのが、これ。



フォステクスの MG100HR-S

世界初の純マグネシウム振動板を持つ10cmフルレンジ。

一本60万円もするスピーカーのために開発されたユニットを
バックロードホーン用にチューニングし、限定発売したもの。

銀白色に光る振動板が、ただならぬ雰囲気を醸しだしています。


去年このユニットが発売されたことは知ってはいましたが
全国でわずか700本ですから、とっくに売り切れたものと思っていました。


店員の彼によると、これが店の在庫の最後の2組(4本)とか。

悩んで店内をウロウロしている間に、ひと組が通信販売で売れてしまいました。
残るは最後のひと組。これはもう買うしかありません。

はたいたおカネは予算の4倍。
これで音が悪かったら暴れるしかありません。

秋葉原からの帰り道、ユニットの重さが指先にズシリとかかってきました。


しかし、持って帰って眺めてみると、つくづく奇妙なユニットです。



その奇妙さは、いままでつけていた FE106Σと比べれば一目瞭然。

これまでのユニット(右)が朝顔の花のような形をしているのに対し、
一枚の紙を真ん中でつまんで裏から引っ張ったかのような形。



その複雑な形は、写真ではわかってもらえないことでしょう。




裏を見ると、振動板のカーブに合わせてボイスコイル(駆動部分)の
円筒を切り、接着しています。


「いままでのスワンにそのままつきますよ。」とのお兄ちゃんの言葉でしたが、
マグネットの半径がこれまでの穴とちょうど一緒の100mm。



無理やりグリグリ押し込んでみたものの、
端子がさらに外に出ていてつっかえます。
カッターを使ってその部分をえぐり取り、ようやく押し込むことができました。



どうにか入り、ようやく仮どめ。
なかなか精悍です。

このあと防護ネットを付けてネジ止めをし、交換完了です。





音が、豹変しました。

試聴は、クルト・マズア指揮NHK交響楽団の第九を手始めに
いろいろと聴いてみましたが、ひとことで言うと「心を揺さぶる音」。

聴いてると、ドキドキしてくるのです。
こんな体験、久しぶりです。

マグネシウム振動板ということで、鋭い音を予想していたのですが
実際には思ったよりも柔らかな音。
同じ形状の振動板を持つフォステクスのスタジオモニターは
よく聴く機会があり、「なんと硬い音だろう」と思っていたのですが、
その先入観を裏切る柔らかさです。
もちろん、前に付けていたユニット、フォステクスのFEシリーズ特有の
“紙くささ”はありません。

それでいて情報量が多く、スピード感のある音ですから
クラシックをはじめ、ヴォーカル曲から洋楽までそつなくこなしていく感じ。

低音も、超低音の領域は出ないにしても圧迫感を持って出てくる音ですから
聴感としては必要にして十分といった感じで不満はほとんどなくなりました。

さすがバックロードホーン、さすが長岡鉄男です。

このユニット、エージング(慣らし)が3年もかかるということですから、
これからさらにどんな鳴りっぷりを見せてくれるか、すごく楽しみです。


まさにスワンの面目躍如。

みなさんにぜひ聴いてほしい音になりました。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100308


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もしかして醜悪。 2010年
3月7日(日)



渋谷からも、いつのまにか
見えるようになっていたんですね。



東京スカイツリー。



現在、300mを超えたところだそうです。



見に行ってみました。




近づくと、圧倒的な大きさです。



平日というのに、次から次へと見物客が。



まだ半分の高さだというのに、すごい人気です。




ところが、スカイツリーを眺めているうちに、
ふと、ある醜悪な建物と酷似しているような気がしてきました。





それは、これ。(↓)












東京モード学園コクーンタワー。

ここで何度も取り上げている、神をも冒涜する存在です。


黒のベースを斜めに這い回る白いラインに、
共通の不安感というか気持ち悪さを感じてしまいました。




このコクーンタワー、丹下健三事務所の設計。

もうこの世にいない人の名を使い続けて設計する人々に、
なんの存在意義があるのかわかりませんが。





もちろん、東京スカイツリーの黒と白は構造体の必然であって、
コクーンタワーのような単なる奇をてらった無意味な飾りではない
ことはわかっています。




でも、なんかちょっと心配ですね。






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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100307


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「着メロ」を落札せよ。 2010年
2月20日(土)



最近、Yahoo!オークションをのぞくことが多いのですが、
きのうは、そのなかの官公庁オークションを見ていました。

官公庁オークションとは、税金滞納者からの差し押さえ物品の公売や、
公有財産の処分のために設けられたもので、2004年に東京都が
始めて以来、いまでは全国の自治体が利用しています。


この官公庁オークション、実に様々なものが出ていて楽しめます。

たとえば不動産。
三鷹市の100坪を超える広さの土地越後湯沢のリゾートマンション
さらには松山市のお城そっくりのラブホテルなど。

かと思えば屋久杉の座卓焼酎「百年の孤独」があったり、
果てはペコちゃんポコちゃんキーホルダーなんてものまで。

三鷹市の土地だけは元学童保育所という公有財産の処分ですが、
そのほかは税金の滞納などで差し押さえた物件のよう。
いったいどんな経緯で公売にかけられたのかなんて考えながら
見ていると、飽きることがありません。


そんななか、極めつけのオークションを見つけました。



「着メロ チャクメロ」

これ、「着メロ」の登録商標を持つ会社が
東京都の差し押さえを受け、公売にかけられているのです。


その会社の名はYOZAN

鷹山と名乗っていた時代には、携帯電話の第三世代規格・CDMAの
核心技術を持っているということでしきりに投資を呼びかける広告を
打っていて気になっていた会社でした。

しかし、「アステル東京」を買収。
当時すでに衰退の一途をたどっていたPHS事業を買収するという
経営戦略の失敗によって最近は経営が破綻寸前になっている
ということだけは知っていましたが、まさか差し押さえを受けているとは。

公売価格は最低157万円(商標登録番号第4194385号 携帯電話類のみ)

現在、2社との間にライセンス契約が存在し、毎年36万円×2=72万円の
収入があるとのことで、うまくいけば最短2年ちょっとで資金回収ができる
計算になります。


さあ、「着メロ」の商標のオーナーになって夢の不労所得なんて
あなたもいかがですか?


ただまあ、「着メロ」なんてほぼ死語ですから、
いつまでライセンス収入があるかわかりませんけどね。

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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100220


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冬のお客さま その2。 2010年
2月18日(木)



降りしきる雪の中、野鳥たちは我が家に遊びに来てくれました。



その姿はけなげで、いとおしくなってしまいます。

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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100218


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冬のお客さま。 2010年
2月15日(月)




この冬、我が家にはたくさんのお客さんが来るようになりました。





ベランダで栽培しているイチゴが、冬もぽつぽつと
実をつけるのですが、すぐに食べられてしまいます。


冬の食料に困った野鳥が食べているのを知り、
みかんをベランダに置くようにしたら、様々な野鳥が
遊びに来てくれるようになりました。



これは、ツグミ。





なんと、メジロまで来てくれました。

我が家は、“名ばかり都心”といった感じの場所にあるのですが、
それにしてもこんな場所にメジロがいるなんて驚きです。




しかし、東京という街は皇居や明治神宮、新宿御苑など、
むしろ都心のほうが緑が豊かですから、野鳥が暮らせるのかも
しれませんね。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100215


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スワンが我が家にやってきた。 2010年
1月25日(月)




我が家に、スワンがやってきました。





これ、ずいぶん昔に私が作ったスピーカーです。

実家にずっと置いてあったのを“お取り寄せ”しました。




首が長く、白鳥のように見えることからその名が付けられたスワン。

かつて「FMfan」などにおいて絶大な人気を誇ったオーディオ評論家・
長岡鉄男氏が設計したスピーカーです。


“オーディオの神様”とまで呼ばれ、彼を信奉する読者は自らを
“長岡教信者”と自称するほどの影響力を誇った長岡鉄男氏。

スワンは彼の代表作であり、オーディオマニアにとってはいわば【信者の証】
とも言うべきもの。初代の発表から20年以上がたったいま、日本史上、
いやたぶん世界史上最も多く作られた自作スピーカーと言って
間違いないでしょう。


うちにやってきたスワンも、私がかつてオーディオ小僧だった時代に
長岡氏が雑誌に掲載した図面を持って東急ハンズで板を切ってもらい、
こつこつと木工用ボンドだけで組み上げたもの。

仕事の合間に作ったので一か月ぐらいかかったでしょうか。
まあ“青春の道標”と言うべきか“若気の至り”と言うべきか、
とにかく思い出深いスピーカーです。



このスピーカー、音が鳴るのは一番上の頭の部分についている
10㎝のユニット一発だけ。


           (比較のため近くにいた子どもに一緒に写ってもらいました。本人および保護者の許可をとっています)

首から下は管状になっていて、上のスピーカーユニットからの音は
この筒を通って下の箱の部分に行き、中の迷路のような管を通り抜けて
後ろから出てくるようになっています。




金管楽器のホルンやチューバのように、徐々に広がっていく
長い管を通っていくことで、低音が出るようにする仕組み。

このスタイルのスピーカーをバックロードホーンといいます。


一般的に、スピーカーは直径が大きいほど低音が良く出るにもかかわらず、
このスワンはたった10㎝のスピーカーユニット一発で、信じられないほどの
低音をモリモリとひねり出すことで知られていました。



ところが、我が家にやってきたスワン、低音があまり出てきません。


昔はもっとモリモリ出ていたはずなのですが…。




センターキャップ(真ん中の丸いふくらみ)のへこみは昔、甥っ子たちが
イタズラしてつぶしたものですが、これ自体はそんなに大きな影響は
ありませんでした。


どうやらユニットそのものがくたびれてしまったのでしょう。


ユニット交換してどの程度音が変わるのか。


また“長岡教信者”の日々が始まりそうです。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20100125


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第九に泣く。 2009年
12月31日(木)






不覚にも、泣いてしまいました。


クルト・マズア指揮、NHK交響楽団の「第九」。


今回の「第九」、なにがよかったといって
まず第三楽章の素晴らしさは特筆すべきものでした。


第九にとっての第三楽章というのは、第四楽章のいわば“前座”であり、
妙にセンチメンタルなフレーズをもったいぶって歌いあげていく退屈なもの。

少なくとも私にとっては、その程度の意味しか見いだせない曲でした。

しかしそれをクルト・マズアはあっさりと片づけてしまいます。
歌いあげるでもなくテンポを揺らすでもなく、ただ粛々と淡々と。

ただ粛々と淡々と演奏することで、驚くほど躍動的になりました。
クルト・マズアは、“片づける”ことによってこの楽章に
新しい生命を吹き込んだのです。



そして第四楽章。


ベートーヴェンがシラーの詩を借りて訴えかけた世界へのメッセージが、
これまで聴いたどの第九よりも圧倒的な力で迫ってきます。


抱き合おう、もろびとよ
この口づけを全世界に
兄弟よ、この星空の上に
父なる神が住んでおられるに違いない

諸人よ、ひざまついたか
世界よ、創造主を予感するか
星空の彼方に神を求めよ
星々の上に、神は必ず住みたもう


キリスト教信者ではあったものの、現実の教会制度には懐疑的であった
ベートーヴェンが、“真の神”の存在を示し人々に呼びかけるクライマックス。

ベルリンの壁崩壊のその時、東ドイツでその様子を目の当たりにした
クルト・マズア自身からの強いメッセージでもあるのでしょう。


不意に、涙があふれでてきました。

寝不足の身体に流し込んだ赤ワインがそうさせたのでしょうか、
第四楽章を聴いているうちに、走馬灯のように今年の出来事が
頭の中に浮かんでは消えていきます。

そして
“ああ、彼/彼女にもこの曲を聴かせてやりたかったな”と思った瞬間、
涙があふれて止まらなくなりました。


かつて吹奏楽コンクールで金賞を獲りながら上位大会進出を逃したとき、
ひと目をはばからずに大泣きした記憶はありますが、
一聴衆として聴いた音楽で涙があふれたのは生涯初めてのことです。

年齢を重ね、涙腺がゆるんだせいもあるのでしょうが、
なによりも今回のクルト・マズアの演奏が私の心を揺さぶったのでしょう。


チケット争奪戦に出遅れたため、今回の席は最前列のいちばん左。

バリトンの声が、まるではるか向こうの山を越えてやってくるかのような
バランスを欠いた音ではありましたが、しかしクルト・マズアの指揮は
つぶさに見ることができる特等席。

クルト・マズアはただ粛々と小刻みに指示を出すスタイルでしたが、
内面から湧き出る強靱な意志が伝わるような、迫力ある指揮でした。



2009年の終わりに素晴らしい演奏を聴き、心が洗い流された気がします。





(ちなみに、私が聴いたのは12月23日(祝)の演奏でした。
 前日のような第三楽章の冒頭での演奏の中断もなく、会心の出来であったことは
 演奏終了後のクルト・マズアの笑顔からうかがい知ることができました。)


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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009wn.htm#20091231


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