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歴史が変わる瞬間に。 2010年
6月25日(金)




とにかく決勝トーナメント進出を祝いましょう。


昔、日本のサッカーといえば前線にボールが渡っても
すぐに後ろを向いてパスをまわすような、ふがいない
光景ばかりでした。

いまの日本の選手たちは、ボールを持って敵陣を
切り裂いてゴールに迫り、ときにはボールと戯れる
余裕すら感じられます。

日本の歴史が変わるその瞬間に、私たちは
立ち会っているのかもしれません。

もしかしたら、サッカーが日本の「国技」になる日も
そう遠いことではないのかもしれません。

相撲は不祥事続きですし。



しかしまあ、日本テレビの実況はおそろしくヘタでした。
やっぱり普段、巨人戦しか実況してない人間に
サッカーの実況をさせるべきではありません。

試合開始直前に映し出された先発の布陣を見て、
「これはデンマークの予想メンバーです」と言ったり。

「サッカーでは2点差はまだまだ安心できる点差ではないと
 言われます」
とのたまったり。

日本は引き分けでもいい試合でこのとき2-0。
デンマークは3点も獲らなきゃいけない状況です。
気を緩めることはできないにしても、日本は余裕を持って
プレーできる点差なのです。
満塁ホームランがあるわけじゃないんだから。

こんな調子ですから、途中から解説者に放送の主導権を
奪われてしまったのはまあ当然のことと言えるでしょう。



ところで、今回の決勝トーナメント2位通過を見て、
地団駄踏んで後悔しているのはフジテレビの
スポーツ関係者でしょうか。


去年12月、今回のワールドカップのどの試合を中継するかを
決めるために民放各局が集まって行われた抽選会。

日本の第一戦・カメルーン戦はNHKとすでに決まっているなかで、
テレビ朝日が一番クジを引き当てゴールデンタイムの第二戦・
オランダ戦を取り、二番クジの日本テレビはきょうのデンマーク戦を
選びました。順当な選択です。

そして三番クジを引いたフジテレビ。
普通なら日本が決勝トーナメント進出した場合の第一試合を
選ぶところですが、 フジテレビは日本が決勝トーナメントに
進出するとは思わなかったのでしょう。フジテレビが選んだのは
日本戦以外の強豪チームのグループリーグの試合。
こちらのほうが視聴率が取れると踏んだのです。

そのため四番クジのTBSに棚ぼたで決勝トーナメントの第一戦、
日本-パラグアイが回ってくることになりました。


自分の国を信じず、確実に視聴率が取れるほうを選んだ
フジテレビ。

広告料という目先のカネを選んだ代わりに、歴史的な試合を
中継・実況する名誉を逃してしまいました。


大馬鹿者です。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100625


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疑ってごめん。 2010年
6月24日(木)




“ハッタリ”じゃありませんでした。





20日のここで紹介した、
「オランダに勝ったらビールサービス!」のラーメン店。


決勝トーナメント進出でもサービスするのかどうか、
きょう(24日)、確認しに行きました。


すると…。




疑ってごめん。


でもなんか、「ビールが一杯」とわざわざ書いてあったり、
表現がちょっと弱くなったような気がするのは私だけ?


とにかく、日本代表には頑張ってほしいものです。





きょうもまた、東京タワーはサムライブルーに染まりました。



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国威発揚のはずが。 2010年
6月24日(木)



21日(月)の北朝鮮−ポルトガル戦。

この試合、北朝鮮ではなんと異例の生中継で放送されました。


前回のブラジル戦で予想外の善戦をしたことから、
朝鮮中央テレビが急遽決定したのでしょう。



しかし結果は0−7の大惨敗。


あまりにもぶざまな負けっぷりで国家の威信はまるつぶれ。

録画だったらゴールシーンを省略できたかもしれないのに…。

生中継を決断した放送局の幹部はみな、
強制収容所送りになったかもしれません。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100624


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また並んでるよ。 2010年
6月23日(水)



あしたは、iPhone4 の発売日。




原宿駅から代々木体育館へとつながる五輪橋の上に
すでに長い行列ができていました。



しかしどうしてMac信者って、徹夜で行列までして
新製品を買いたがるんでしょうか。この暑いのに。

飲み会で得意気に見せびらかす人間を、
これまで何度見たことか。

いかにiPhone4がすごくっても、偉いのはスティーブ・ジョブスであって
あんたじゃないよ、って教えてあげたくなります。


しかし今回、iPhone4がテレビ電話機能を搭載することで、
ただでさえ貧弱なソフトバンクのトラフィック
さらに逼迫することは確実。

万一、命に関わるようなときにつながらない可能性が高い
電話をなぜ買うのか、私にはわかりません。





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地球滅亡の日まで。 2010年
6月23日(水)






読売新聞を見ていて気づきました。








…お前は宇宙戦艦ヤマトかっ。


ってつぶやいてしまう私って、やっぱりトシなんでしょうねぇ。




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幸せは売っている。 2010年
6月23日(水)




知らなかったのですが、四つ葉のクローバーって
売っているんですね。





ウチの近所の花屋で見つけました。


放射線を当てたりして出現率を高めたんでしょうか。
それとも四つ葉の多い株を選び抜いていったのでしょうか。


しょせん牧草にすぎないクローバーにわざわざご苦労なことです。

(花屋のおばちゃんは“雑草”と言っていましたが、それはちょっと不勉強ですね)





この四つ葉のクローバー、いまは我が家のベランダに。


しかし、四つ葉がいっぱいあってうれしいと思うか、
こんなにあったらありがたみがないと思うか。


どう感じるかに、人間性が出るのかもしれません。





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君のはそんなに…。 2010年
6月21日(月)




それは、あるトイレでのことでした。





小便器の上に一枚の張り紙が。


横に飛んで行かないよう、「もう一歩前へ」と言いたいらしいのですが…。






うっ、なぜそれを…。





…言葉が出ません。




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その太っ腹は本気か。 2010年
6月20日(日)




オランダ戦を目前にひかえた、19日(土)の昼間のこと。





西早稲田のラーメン屋の前で、おもしろい張り紙を見つけました。



「日本勝利で翌日20日にラーメンご注文のお客さまにビールサービス!!」

この店、日本がオランダ戦に勝ったら、
翌日のすべての客にビールをふるまうつもりだったようです。


しかし、本気だったのでしょうか?


どうせオランダに勝てるはずなどない、と思っての
“ハッタリ”だったんじゃないか、という気がします。



この店が日本の勝利をともに祝う気持ちが
本当にあるのかどうか。


それは、25日のデンマーク戦を前に、
同じようなビラを掲げるかどうかでわかります。


その場合、決勝トーナメント進出が条件になるのは当然。

これによってこの店の“誠意”が白日の元にさらされることに
なるでしょう。


ちょっと注目です。




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次、勝てばいいのだ。 2010年
6月19日(土)




不可解なのは、中村俊輔でした。


彼の技量とか能力の問題ではなく、
彼に球が集まってこないことが。

しかもこれは前回の日韓戦でも見られたことで、
今回だけのことではありません。

チームのなかで、彼は浮いているのでしょうか。
信頼されていないのでしょうか。

結果的に、オランダ戦における中村俊輔の投入は失敗。
もう次はない、と思っていいのではないでしょうか。


しかし、敗れたとはいえ今回の試合はわずか1点差での惜敗。
試合内容はとてもよく、組織的な守備がうまく機能して
オランダに思い通りの試合をさせませんでした。

あすのオランダをはじめとする海外メディアの反応が楽しみです。

25日の次の対戦、オランダは間違いなくカメルーンを破りますから
日本はデンマークに勝ちさえすればグループリーグ突破が
決まります。

(この文章を書いたあとに行われた試合で、デンマークがカメルーンを破ったため
 日本はデンマークと引き分ければいいことになりました)

落胆することはありません。
日本は世界のトップクラスと堂々と渡りあったのですから。


きょうの負けは、あすの勝利につながるのです。



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アイコンタクト。 2010年
6月19日(土)






あれは、いったいなんだったのでしょう。


アイコンタクト、ゾーンプレス、オフサイドトラップ…。


昔、これらの言葉に目からウロコが落ちるような新鮮さを覚え
ひとつひとつのプレーに興奮していた私たちがいました。

それは、まだ日本がワールドカップに出場できなかったころ。


いま振り返ってみると、
これらのことすら知らず、満足にできていなかった日本は、
ある意味出場できなくて当然だったのかもしれません。



将来、日本がワールドカップの決勝トーナメント出場を
当然のように思う日が来るとしたら、いまこの瞬間は
将来の私たちからどんなふうに見えるのでしょうか。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010sp.htm#20100619


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サッカーの神様。 2010年
6月18日(金)




この鳥の名前を知っていますか。





日本サッカー協会のエンブレムの中心にいるこの鳥は、
八咫烏(やたがらす)という名のカラス。

よく見ると、足が三本。
不思議なカラスです。



この八咫烏の故郷は、熊野。




紀伊半島の険しい山の奥にある、熊野三山(くまのさんざん)の神様の使いです。



熊野三山とは、熊野速玉大社、熊野本宮大社(写真)、熊野那智大社の
3つの神社の総称であり、日本古来の宗教・神道の源流のひとつ。



紀伊半島の奥地に点在するこの3つの神社は、古代から信仰を集め、
多くの人々が険しい山道を越えて巡礼に訪れていました。



深く険しい山々への巡礼は「黄泉がえり」と呼ばれ、ここを通って
熊野三山に詣でることで、生きながらにして生まれ変わることが
できると信じられてきました。

いま、この道は「熊野古道」と呼ばれ、世界文化遺産に登録されています。






八咫烏は、この熊野の神話のなかに生きてきました。



古事記は、八咫烏が神武天皇を熊野から大和地方へと導き、
大和朝廷成立の手助けをしたと伝えています、

また、太陽の神の使いとしてもたびたび姿を現します。



日本の神話において、八咫烏は重要な存在なのです。




ではなぜ、八咫烏が日本サッカー協会の象徴となったのか。


それは、八咫烏が日本神話で重要な役割を果たし、とりわけ
天皇家との関係が深いことから日本の象徴とされたことがひとつ。
また、足が三本あることからサッカーのイメージにふさわしかったこと。
さらに日本サッカーの生みの親といわれる中村覚之助の故郷が
この熊野の那智勝浦町だったためのようです。


そして、八咫烏が日本サッカー協会の象徴になったことで、
熊野三山は日本のサッカーの神になりました。



上の旗は、2006年に日本サッカー協会幹部が訪れたときに作られたもの。
今年もまた5月に、日本協会幹部が熊野三山を訪れ必勝祈願をしています。



熊野の神の使いであり、太陽の神の使いでもあるという八咫烏。




ワールドカップでの勝利へも導いてほしいものです。




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原宿・謎の看板。 2010年
6月16日(水)



原宿で見つけました。



謎の看板です。




いったい誰が、何のために、どういう意図を持って
この看板を作って人に見せようとしているのか。


空いた看板の活用法にしても 、内容があまりにも幼稚…。



まったく謎の看板です。



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日本は危ない。 2010年
6月15日(火)




これまで見たことがない、そしてこれ以上ない、
というほどの素晴らしい試合でした。

昨夜の日本-カメルーン戦。


そしてやっぱり「オシム語録」は健在でした。

「前日本代表監督のイビチャ・オシム氏が自宅のある
 オーストリア・グラーツから衛星回線を通じて取材に応じ
 “新聞の1面がすべて本田だったら、日本は危ない”などと、
 監督時代と変わらぬ独特の言い回しで日本の戦いを批評した。」
                               (共同通信)

で、きょうの各紙は…。





やっぱりすべて本田。

“予言”通りです。


オシムが言いたかったのは、日本のスポーツジャーナリズムの
未熟さなのでしょう。つまり、今回の勝利は組織的に機能した守備を
はじめ、チーム全体でもぎとったものであって、本田はいわば
目の前に転がってきたボールを蹴り込んだだけ。

その本田だけをヒーロー扱いするようでは、サッカーを見る目が
まったくないのだ、と。



今回の予想外の勝利で、突然火がついた日本のワールドカップ熱。

次のオランダ戦はものすごい盛り上がりとものすごい視聴率に
なるのでしょうが、同時にあらためて厳しい現実に引き戻されることに
なるでしょう。

でも、頑張ってほしいものです。



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おかえり、はやぶさ。 2010年
6月13日(日)




「いまは6月13日朝。僕は、オーストラリアのウーメラ砂漠の宿で一人、
 君への手紙を書いている。」


こう始まる一通の手紙。

小惑星探査機「はやぶさ」に対して書かれたメッセージです。
JAXA・宇宙航空開発機構のウェブサイトに掲載されています。


書いたのは、矢野 創さん。

JAXAで「はやぶさ」プロジェクトの一員として、小惑星イトカワの
岩石の破片を持ち帰るサンプラという機器の開発を担当。
帰還後に回収して中の岩石を採取し、世界各国の研究機関に
配るまでの重要な役割を担っています。


「はやぶさ、内之浦では生まれたての赤ん坊のようだった君も、
 様々な苦難を乗り越えて、今は立派な大人になった気がする。
 そして今日、次の世代に使命をつなぐために、自らの卵である
 カプセルを僕たちに届けてくれるんだね。」


「はやぶさ」が帰還するその日の朝、矢野さんが書いた手紙は
まるで息子か親友に語りかけるようです。
そこには、ひそかな誇らしさも。


「はやぶさ」が地球を飛び立ち、60億kmもの旅をして戻ってくるまで7年。

矢野さんもまた、人生の旅路を歩んできました。

7年の歳月は、矢野さんにとっても自分の人生を重ね合わせるのに
十分すぎるほどの長さです。


「はやぶさ、息子と娘の誕生に立ちあって、初めて彼らを抱いたとき、
 なぜか決まって君の打上げを思い出したよ。そんな息子ももうすぐ3歳。
 昨秋、鱗がはがれた鮭たちが、産卵のために懸命に川を跳ねながら
 上っていく姿を、彼に見せたよ。いつもなら「おさかな~!」と
 はしゃぐはずの彼が、僕の手をぎゅっと握りながら、何も言わず
 じっと見つめていた。」


イトカワから持ち帰った岩石の破片を遺し、
大気圏で燃えつきる運命の「はやぶさ」。

矢野さんからの手紙は、無事の帰りを喜ぶものであると同時に、
「はやぶさ」との永遠の別れを悼むメッセージでもあるのです。


「悔しくても、恰好悪くても、決してくじけない心を教えてもらった。
 今まで、ありがとう。あとのことは、任せてくれ。」



科学技術の粋を集めたとはいえ、ひとつのモノにすぎない
小惑星探査機に、ここまでの想いを託し、投げかけることができるとは。



結局、いくら私が抜粋して解説を試みたところで、
矢野さんの想いはこれっぽっちも伝わらない気がします。


とにかく、矢野さんの「はやぶさ」への手紙を読んでみてください。


この世には、“神が書かせる手紙” というものがある気がします。



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犬が泣く。 2010年
6月12日(土)



近くのスーパーで見つけました。




犬連れの客に配慮を求めるビラですが、よく見ると…。







ほぉ。

泣くんですね?犬が。


えーんえーんって?




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隠された武道。 2010年
6月11日(金)




ヌンチャクは、沖縄がルーツです。





ヌンチャクはブルース・リーが振り回していたため、
日本人もほとんどが中国発祥の武器だと思っていますが、
実際は琉球古武道を学んだ日本の空手家・出村文男が
ブルース・リーに伝授したもの。


そして、空手そのもののルーツもまた、沖縄です。

沖縄といえば、青い海に真っ白な砂浜、そして美しい珊瑚礁。
それにおおらかで明るい人々とおいしい食べ物、というイメージ。



さらには「琉球には武器というものがない」と聞き、ナポレオンが
すごく驚いた、というエピソードでも有名です。

とても空手のような荒々しい武道が生まれた場所とは思えません。


しかし、そもそも「武器のない国・琉球」なんて完全なウソっぱち。

当時、琉球王府は西洋人に対して「この島には武器がない」と
ウソをつくようにしており、見事に騙された連中がこのウソを
世界中に広めてしまったというのが真相。

大海原にぽつんと浮かぶ沖縄は、太古の昔から海賊など外敵の
脅威にさらされてきましたから、武器や兵力を持たずに国を維持する
ことなどできるはずがありません。





世界最強の殺人拳法C.W.ニコルさん談)である空手が、
沖縄に生まれる素地はもともとあったのです。





ところが、この空手がいったいどのようにして成立したのか、実は
はっきりとはわかっていません。

伝承では、もともと沖縄には「てぃ」(“手”の沖縄読み)という名の独自の
武道があり、これに中国拳法を加味して完成されたのが「唐手」
なったとのこと。そしてこの「唐手」が大正時代、日本本土に上陸
したときに中国を連想する「唐」の文字を嫌い、“素手”をイメージする
「空手」に名前を変えたといいます。


では、最大のルーツであるはずの「てぃ」とはどんな武道だったのか。

これがまた、沖縄の空手家の間でもまったくわかっていませんでした。
なにしろ「てぃ」は口伝であり、写真や絵はおろか、解説書などもまったく
残っていなかったのですから。




しかし、「てぃ」は密かに現代の沖縄で受け継がれていました。

那覇の三線屋の主人や、小さな道場の父と娘によって。





「てぃ」が初めてメディアに姿を現したのが、3年前に放送された
「日本人の知らない日本へ  沖縄 隠された武道」という番組。

最初の来日の目的が空手の修行だったというC.W.ニコルさんが、
空手のルーツを求めて沖縄を旅し、「てぃ」がいまも受け継がれて
いることを発見する、という内容。


そこで初めて見た「てぃ」は、空手とはまったく別のものに見えました。
変幻自在のしなやかな動き、どこからでも繰り出される鋭い突き。
ぶら下げられた電話帳のページ1枚を、拳によって切り裂くという神業。


現在この番組はNHKオンデマンド(有料)で公開されていますが
なんとこの番組、「お試し試聴」でこの「てぃ」の核心部分の映像を
無料で見ることができるのです。




驚きました、ほんとに。
番組のキモの部分をタダで見せていいのか、おいおい、って。


ある意味、番組の内容よりも驚きです。


まあちょっと見てみてください。驚きますから。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010sp.htm#20100611


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先生は僕らのチャンピオン。 2010年
6月6日(日)




八王子に、チャーリー太田という名のプロボクサーがいます。





アメリカ出身の28歳。体重68kg前後のスーパーウェルター級で
東洋太平洋と日本のふたつのタイトルを持つチャンピオンです。


ところがこのチャーリー太田、本名チャールズ・ベラミーさんの
“本職”は英会話教師。

“チャーリー先生”は、7年前から八王子郊外の英会話学校で
働き、いまでは学校全体のカリキュラム作りを任されるヘッド・
ティーチャー。

また、奥多摩町の小中学校でもALT(外国語補助教員)として
週に3回ほど子どもたちに英語を教えています。

絵やジェスチャーをたくさん使った彼の授業は子どもたちに
大人気。教室ではいつも子どもたちの笑い声が弾けます。
奥多摩町の教育委員会が「チャーリー先生でなければ
契約更改しない」と、彼を派遣する英会話学校を毎年
“脅迫”するほどの人気だといいます。


そのチャーリーさんがボクシングを始めたのは6年前のこと。
きっかけは「ダイエットしたかったから」。

米海軍横須賀基地に所属していた頃に知り合った女性と
八王子で暮らし始めてから、5kg増えた体重をなんとかしようと
ボクシングジムの門をたたいたのです。

八王子で、生まれて初めて習いはじめたボクシング。
最初はファイティングポーズもおぼつかなかった彼は瞬く間に
上達します。アマチュアで7戦7勝。4年前にプロになってから
15戦13勝1引き分けで東洋太平洋・日本チャンピオンに
なってしまいました。

しかも13勝のうち10勝がKO勝ち。さらに
4勝が1ラウンドでのKO勝ちという驚くべき強さ。

身長168センチと小柄ながら 180センチを優に超える
長いリーチと、破壊力のあるパンチが武器の彼ですが、
トレーナーによれば彼の強さの源泉は、黒人として生まれ持った
身体能力ではなく、「日本人よりも日本人らしい真面目さ」
だといいます。「努力型の天才」だと。


チャーリーさんの練習は、英会話教師として目一杯働いた
あと、午後7時前からジムが終わる午後10時までの
限られた時間。ただ黙々と練習をこなす日々は、6年前
まったくの素人だったときから変わりません。

チャーリー先生がボクシングをしていると聞いて、最初は
“ほんとにボクシングできるの?” “ボクササイズ程度じゃ
ないの?”という感じだった子どもたちも、いまでは大挙して
試合の応援に来てくれるようになりました。

チャーリーさんは、この子どもたちが最大の支えであり、
ボクシングを続けていく原動力なのだといいます。

「チャンピオンになることで周囲の人々や子どもたちを
 勇気づける存在でありたい。私がボクシングを続ける姿を
 通して、子どもたちが頑張ることの大切さを知り、強い心を
 持ってもらいたいのです。」


次の試合は6月29日(火)の東洋太平洋王座の初防衛戦。
これを勝てばいよいよ“世界”が射程に入ってきます。

しかしそうなれば、英会話教師としての仕事を愛し
子どもたちを大切に思うチャーリーさんは一層、
英会話教師とボクシングの両立に悩むことになります。


チャンピオンになったことで周囲の世界ががらっと変わった
ことに戸惑いながらも、このまま変わらずに自然体で
生きていきたいと思うチャーリー太田選手。


周囲の人々に支えられながら頑張るその姿を、ずっと
見つめていきたい気がします。



第7弾"The GREATEST"BOXING/
東洋太平洋S・ウェルター級タイトルマッチ

■会場: 後楽園ホール
■開催日:2010年6月29日(火)
■開場 17:30/開始 17:50
 指定席 10,000円 自由席5,000円。

■対戦カード【メインイベント】
 東洋太平洋S・ウェルター級タイトルマッチ 12回戦

 
チャ−リー太田 vs キング・デビッドソン
(東洋太平洋&日本S・ウェルター級チャンピオン)  (東洋太平洋同級1位)



もしチャーリー太田に興味を持ち、上記の試合を見に
行ってみたいと思われるかたは私にご連絡ください

チャーリー選手自身のノルマとなるチケットを、
私が取り次ぎますので。(もちろん私に利益などありません)


ぜひ一緒に応援しましょう。



さらに詳しい内容はこの(↓)「チャーリーニュースをクリック!

                         上の画像をクリックすると内容が読めます



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100606


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菅直人の麻雀計算機。 2010年
6月4日(金)




次期総理大臣・菅直人について紹介する読売新聞の記事のなかに

『趣味は囲碁や将棋、マージャン。学生時代には、マージャン
 好きが高じて点数の自動計算機を発明し、特許を取得した。』

とありました。


調べてみると、この菅直人が発明した「麻雀点数計算機」、
「麻雀博物館」という施設になんと実物が展示されているそうです。


その写真がこちら (麻雀博物館HPより)





この麻雀博物館、麻雀雑誌などを発行する竹書房が運営する
施設ですが、ちょっと場所が…。



大きな地図で表示


それでも明日からワイドショーをはじめとするマスコミが
殺到するのでしょうねぇ。







【後日談】
この文章を書いた翌日の5日、休日なのにブログのアクセスが
なんか多いなぁ、と思い ふとGoogleで『菅直人 麻雀計算機』を
検索してみたらなんと2位の検索結果。(↓)





1位はWikiで3位は2ちゃんねる。

2ちゃんねるよりも上になるなんてちょっと驚きです。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100604


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ルーピー人形。 2010年
6月3日(木)




鳩山由紀夫がワシントンポストから贈られた
“称号”に関して、非常におもしろいサイトがありました。

Yahoo!知恵袋「ルーピー鳩山」とは何ですか?新しい人形ですか?」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1339518253



愚民党ねぇ…。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100603


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最大の“功績”は道連れ。 2010年
6月2日(水)



どうせ彼のことですから、けさの新聞を見て初めて、
自分が辞めなきゃいけない状況にあることに
気付いたのではないでしょうか。

そうでなければ朝6時にいきなり両院議員総会を招集する
なんてことはあり得ません。


わずか8か月あまりでの鳩山由紀夫の辞任。

本人は“10日から1週間前から自問自答していた”と
言っていますが、それは裏返せばその間じゅう
続投の可能性を探り続けていたということ。

結局、首相としての鳩山由紀夫の最大の“功績”は、
辞任にあたって小沢一郎を道連れにしてくれたことでした。

とことん小沢に操られ、徹底的にコケにされ続けた鳩山が
最後に繰り出した“死に馬キック”が、小沢の政治生命を
絶つことができるのか。

それとも民主党内の数の力を背景に、小沢は隠然と影響力を
行使し続けるのか。

民主党、ひいては日本の未来はこの一点にかかっている、
といってもいいかもしれません。


ところで、去年夏の政権交代からずっと私が意外に思い、
気になっていたのは、民主党政権に対する朝日新聞の
執拗なまでの“厳しさ”でした。

これまで朝日新聞といえば、自民党政権を徹底的に嫌い、
執拗な攻撃を続けるというイメージがありました。

全体の論調はよく言えばリベラル、悪く言えばガチガチの左翼
なのですから、自民党を嫌うのは当然。
民主党中心の政権発足は朝日にとっても「悲願達成」だったはず。

ところが朝日はこの8か月あまり、民主党鳩山政権に対し
かなり手厳しい批判を続けてきました。

そのスタンスは読売よりも厳しく、産経に並ぶレベルだった印象。
先日ある新聞社の記者と話したとき、彼も同じ印象を持って
いましたから、客観的にみてそうだったのでしょう。


結局、朝日は自民党が嫌いとか民主党が嫌いとかではなく、
「自分以外はみんな嫌い」だったということ。


釈迦が生誕の時に発したとされる「天上天下唯我独尊」。

この言葉そのものの不遜な存在であり続けた朝日新聞。

先の新聞記者の話では、折からの新聞不況によって
早期退職者を募集し始めたそうです。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100602


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馬鹿と阿呆の平行線。 2010年
5月28日(金)



どう考えても、馬鹿と阿呆の会話にしか聞こえません。

普天間移設をめぐる、鳩山由紀夫と福島瑞穂のやりとり。


「最低でも県外」だなんて、自分がまいた種の後始末もできずに
結局、米国の言いなりに当初案(辺野古案)を丸飲みせざるを
えなくなった鳩山由紀夫。

無責任な言葉がいかに大きな代償を伴うか、いまごろになって
ようやく身をもって理解し、「やっぱり辺野古」となりました。

私が以前書いた通り、結局沖縄の人々は鳩山の言葉によって
かえって不幸にさせられてしまいました。
もし鳩山が「最低でも県外」だなんて言わなければ、感じる必要の
なかったはずの「不幸」です。


それに対し「テニアン、テニアン」とまるで馬鹿のひとつ覚えのように
わめき続けてきた福島瑞穂。

あすにも朝鮮半島で戦争が始まろうかといういまこの瞬間に、地理と
歴史がまったく理解できていないことを天下にさらけ出す発言は、
さすが「非武装中立」を党是としていた社会党の残党からなる政党
ならでは。

まるで中学校の生徒会長のような融通の利かなさとカタブツぶりには、
かえって感心すらしてしまいます。


この、現実を知らず、知ろうともせず、考えもしないふたりの“巨頭”が
「やっぱり辺野古」「署名できない」と水掛け論を繰り返したところで、
外から冷めた目で見る私たちにとっては、永遠に交わることのない
馬鹿と阿呆の会話にしか見えないのです。


当然の帰結としてきょう、鳩山が福島を罷免するという形で決着を
みましたが、記者会見で鳩山が“辺野古回帰”をいくら侘びてみた
ところで誰も同情しないでしょうし、事態はなにも好転しません。


ただ、政権の瓦解がまた一歩進んだだけになりました。


                                             (敬称略)

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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sp.htm#20100528


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こんな不人気に誰がした。 2010年
5月25日(火)



きょう、サッカーの日韓戦を観ようと家路を急いでいたら
代々木第一体育館の敷地から大音量の実況が。



先日ここに書いた「SAMURAI BLUE PARK」で、
パブリックビューイングをやっていました。


ちょっとのぞいてみたいけど、いまからでも入れるかしらん…。

入門ゲートからのぞき込むと、お兄ちゃんがすかさず
「はいどうぞ」と入場券をくれました。



入るのが簡単すぎて、なんか拍子抜け。


持ち物チェックをしてテントの中に入ると…。




ガラガラ。

客は15人もいません。
だだっぴろいテントのなかで、座席が余っています。



立ち見のコーナーは、それこそ人っ子一人いない状態。

時間は前半の10分を過ぎたところ。
韓国にリードを許した場面ですが、 必死に応援する人の姿はありません。

この人数では盛り上がろうにも盛り上がれないのでしょう。
しらーっとした空気が流れます。


外に出てみても…。



巨大プロジェクターの前もすっからかん。



しかも人影の半分以上が関係者やスタッフです。

これではユニフォームに身を包んだ坂本龍馬も泣きます。


いくら直前まで雨が降っていたとはいえ、ワールドカップ開幕直前の
壮行試合、しかも相手は仇敵・韓国なのです。

12年前のフランス大会以降、こんな光景はありえませんでした。



あわれなのは敷地内で営業していた屋台の数々。
まさかここまで客が来ないとは思わなかったことでしょう。



ここまで地に落ちた日本のサッカー人気。




「戦犯」はこの人・岡田武史であることに疑いの余地はもうありません。



きょう、日本は韓国に0-2で完敗しました。

「ワールドカップで4強入り」などと、できもしない夢を語っておきながら、
韓国相手にわずか3か月あまりで2連敗を喫してしまう体たらく。

無能さはもう隠しようのないところまできているのに
まだポストにしがみつこうとするその姿
は、
鳩山由紀夫とそっくりと言えるかもしれません。


どうしてこう、いまの日本は女々しい男がまかり通るのでしょうか。


一刻も早く、消えるべきです。



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乾坤一擲の「新世界」。 2010年
5月24日(月)



結論から先に言うと、彼、山下一史は
この「新世界」に勝負を賭けていました。

そして、その賭けに彼は勝利したのです。



山下一史。

広島市出身、“カラヤン最後の愛弟子”とも呼ばれる指揮者で、
1986年、急病のカラヤンに代わってジーンズ姿で「第九」を
振ったというエピソードは当時、日本の新聞でも話題になったのを
私自身もかすかに覚えています。

彼には10年ほど前にあることでお世話になったことがあり、
今回、NHK交響楽団を指揮するというので、
葛飾区の青砥までわざわざ聴きに行ってきました。



会場は、京成青砥駅から徒歩5分の葛飾シンフォニーヒルズ。



周囲は密集した低層住宅地、いわゆる下町そのもののなかに
忽然とそびえるコンクリートの塊のたもとには、
モーツァルトの銅像が立っています。

いったい元の土地はなんだったのかと疑問がわきあがるほど
およそ不釣り合いな場所にあるこのホール。



理由もなく、ただ単に雰囲気づくりの“飾り”として立たされている
モーツァルトはかなり気の毒です。

観客席も木でできてはいるものの、合板一枚を折り曲げただけで
断面は合板の層がそのまま丸見えというまるで学校の椅子のようなもの。
地方自治体の見栄だけで建てたというのが丸見えのホールです。


今度、八王子市が市民会館を建て替えて“本格的”クラシックホールを造り、
女性指揮者・西本智美を総合プロデューサーに迎えるとか言っていますが、
文化的なベースのない地域にいくら立派なモノを作ってもそれは壮大な無駄
というもの。

いつまで日本はこんなことを続けているのでしょうか。



さて本題に戻りましょう。




演目は「ウィリアム・テル」序曲にショパンのピアノ協奏曲第1番、
そしてドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」。

いかにも田舎(地方)のハコモノホールが希望しそうな演目です。


開演のブザーが鳴り、ステージに上がってきたN響を見てみると、
コンサートマスターの篠崎史紀が来ていません。
かなりナメくさった演奏になりそうだなという悪い予感がします。


そして、「ウィリアム・テル」は練習した形跡がないほどばらばら。

ショパンも、ピアニストの横山幸雄に勝手に弾かせているだけという感じ。

2週間ほど前にショパンのピアノソロ166曲連続演奏を
成し遂げたばかりの横山幸雄も、この曲は適当に流してるよう。

N響との受け渡しもずれてしまい、このときは山下一史の
プレッシャーに対する“弱さ”が出たのか、と一瞬ひやりとさせられる
場面もありました。



ところが、「新世界」は別格でした。


立ち上がりが揃った音。うなる弦の響きに、輝かしい金管のハーモニー。

とくに冒頭から“野太く”入っていく第二楽章などはほかにない解釈で、
聴く者をどんどん引き込み、魅了していきます。

“かったるさ”が蔓延していた先ほどとは、天と地ほども違う
演奏に聴こえたのは、さっきすきっ腹に流し込んだ赤ワインのせい
だけではないはずです。


限られたN響との練習時間をすべてこの一曲に注ぎ、
完璧を期したであろうことが端々に感じられます。

山下は、この曲だけはN響を完全にコントロールし、
渾身の演奏を聴かせていました。

たぶん山下はこの「新世界」に賭け、
乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を挑んできたのでしょう。

N響に対し、聴衆に対し、そして日本の音楽界に対し。



広島市の原爆資料館に展示されている、
「被爆者から抜け落ちた髪の毛」は山下の母、博子さんのもの。

博子さんの愛情のなかで山下は指揮者を目指し、
被爆二世という重荷を背負いながらも、ここまでやってきました。


現在、仙台フィルハーモニー管弦楽団で正指揮者を務める山下一史。

雌伏期間は少し長かったですが、これからの彼がすごく楽しみになりました。




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あやかりたいけど。 2010年
5月18日(火)



きょう、代々木第一体育館の脇を通ったら、
なにやら工事中でした。



なにかのイベント会場を作っているようす。


調べてみると、ここは「SAMURAI BLUE PARK」といって、
南アフリカワールドカップの応援拠点になるとか。

22日(土)のオープン初日には、
日本代表チームの出陣式があるそうです。


“ベスト4に入ってみせる”と、分不相応な目標を掲げながら
まったく実績が伴わない岡田武史監督のせいで、
ちっとも盛り上がらない今回のワールドカップ南アフリカ大会。

驚いたことに、24日(月)に埼玉スタジアムで開催される
壮行試合の韓国戦は、チケットがまだ余っています




この状況を打開するための力を借りようというのでしょうか、
会場に巨大な像が建てられていました。

だれでしょう?



サッカー日本代表のユニフォームを身につけたこの像、
格好からすると坂本龍馬のようです。


…しかし、坂本龍馬というより武田鉄矢に見えてしまうのが
とっても残念です。




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幸福を笑うな。 2010年
5月12日(水)



広告にはときどき、いったいどういう意図でこうなったのか
まったく理解できないものがあります。

最近の身近な例で言えば、サントリー烏龍茶の
「幸福を笑うな」



なぜ「幸福」が笑う対象にならねばならないのか。
その前提を提示してもいないのに、この広告は我々に命令するのです。


私はこのコピーを見るたびに、猛烈な嫌悪を覚えます。

商品の特性を語るわけでもなく、社会へのメッセージがあるわけでもなく、
単に「幸福」と「笑うな」という単語の組み合わせの意外性を狙うだけ。
何のメッセージも感じられません。

相当に不評だったのでしょう、このコピーはあっと言う間に消えてしまいました。



しかし、上には上がいるもの。


もっともっと理解できない広告がありました。



「誰にも相手にされない私、ラグナロクオンラインではチョー頼りにされてんだ。」
地下鉄駅構内に掲示された、ネットゲームの広告です。



「誰にも相手にされない私」が、ここでは「チョー頼りに」されるんだそうです。


しかも…。



「ってゆーか、見た目で判断するの、おかしくね?」

見た目で判断するの、おかしくね?と主張しているということは
この広告が対象とするのは見た目が良くない人々、ということ。

しかもご丁寧に、北関東訛りをルーツとする“語尾上げ”です。


「誰にも頼りにされない」「見た目が良くない」人々が集まる場所。



あなたは、こんな場所(ウェブサイト)に行きたいですか?


まったく理解できません、この広告。
作り手の頭の中身を疑います。



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怖いもの知らず。 2010年
5月09日(日)




あるファミリーレストランの店頭の風景です。





このチェーンでは、夏は冷麺がウリのようす。





「本場顔負けの冷麺」とは、かなり強気です。




しかし、この店があるのは…。



“本場”に、ケンカを売っているんでしょうかねぇ。



恐いもの知らずとはこのことです。



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幻の成田新幹線。 2010年
4月29日(木)



「成田新幹線」を知っていますか。

東海道新幹線の開通からまだ間もない1971年、
「全国新幹線鉄道整備法」が成立し、当時すでに建設中だった
山陽新幹線(新大阪-博多)に続いて3つの新幹線が
新たに建設されることが決まりました。

東北新幹線、上越新幹線、そして成田新幹線

成田空港の開港にあたり、都心から遠く離れているという
ハンデを補うための切り札としての計画されたこの成田新幹線。

下の地図に赤で示したルートが計画されていました。


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東京駅から東京湾岸に出て地下鉄東西線に並走、そのまま一直線に
千葉ニュータウンを経由し、成田空港まで最短30分。
当初6両編成で一日30往復以上の運行を計画していました。

しかし騒音を懸念する沿線住民や自治体の反対のほか、空港建設に
反対する左翼過激派も新幹線反対運動に加わったこともあり
国は最終的に計画を断念。成田新幹線は幻となってしまいました。


しかし、意外なところに成田新幹線の夢の跡は残っています。

東京駅京葉線ホーム。



実はここは、成田新幹線の始発駅として計画されたものでした。

京葉線の開業にあたり、新幹線用の駅の設計を手直しして建設されたため、
ホームが異常に長かったり、線路間の幅が大きかったりと
妙なゆとりがあります。



コンコースも妙に広々。やはり新幹線仕様のようです。


また、成田空港のほうにも名残があります。

成田空港第一ターミナル地下の駅は、
空港建設当初から新幹線用に準備されていたもの。

つまり駅そのものと空港の外に出るまでの路線(成田空港-成田市土屋)
完成していたのですが、いつまでたっても来ない新幹線のために
放置されていました。

1987年、それを知った石原慎太郎運輸大臣(当時)が活用を指示、
いまはJRと京成が半分ずつ使う駅になっています。
そう、成田エクスプレスとスカイライナーが到着するあの駅は、
もともと新幹線のために作られた駅だったのです。


そして、途中にも成田新幹線の名残があります。


下の地図で青いラインで示されたルート。
今年(2010年)7月から新しいスカイライナーが通るルートです。


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見ると地図の右半分が成田新幹線の赤いルートと重なっています。


新しいスカイライナーは、京成上野-高砂は京成電鉄、
高砂-印旛日大前は北総鉄道に乗り入れて走ります。

(京成電鉄HPより)


そして印旛日大前から先は、今回新たに建設される成田新高速鉄道に
乗り入れ、上に書いた完成済みの元・新幹線用の路線につながる形で
空港に乗り入れていきます。

成田新幹線は、上記の北総鉄道と平行して走ることになっていました。
線路や駅のための土地がこの地域の開発当初から確保されていました。

そして北総鉄道終点の印旛日大前から先は単独で東に向かい、
空港第一ターミナル地下の駅に滑り込む予定でした。

つまり今回、印旛日大前から新たに開業する10kmあまりは
まさに成田新幹線そのもののルート。

残念ながら今回開業するのは単線となってしまいましたが、
新スカイライナーはこの区間を最高160km/hで走ることになり、
日暮里から成田空港までを最速36分で結ぶことになります。

(しかし単線を160km/hっていったい…。)

計画からおよそ40年。

成田新幹線の夢は、ずいぶん形が変わりはしましたが
ようやく実を結ぼうとしているのかもしれません。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010sp.htm#20100429


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スワンが変えたもの。 2010年
4月25日(日)





スワンが本調子で鳴りだしてからというもの、
眠っていたCDを引っぱりだしては大音量で聴いています。


なかでも、やはり素晴らしかったのがこれ。



カルロス・クライバー指揮 バイエルン国立管弦楽団の
ベートーヴェン交響曲第4番。

伝説の名演。
しかもまったく修正のないライブ録音。

これぞベートーヴェン、というべき躍動感が
あらためて心を揺さぶってくれました。


もうひとつは、
ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルの
チャイコフスキー 序曲「1812年」/ベートーヴェン 「ウェリントンの勝利」。




「1812年」といえば、クライマックスに大砲(canon)を使うよう
指定がある曲として有名。

しかし、実際に演奏会場で大砲をぶっ放すわけにもいかず、
作曲者の意図のままの演奏を聴く機会はなかなかありません。


去年秋に陸上自衛隊の朝霞駐屯地で開かれたイベントで
東部方面音楽隊の演奏に合わせて野戦砲(105mmキャノン砲)を
ぶっ放してみせたくらいでしょうか。



事前に知っていれば仕事を休んででも見に行きたかった…。


話がそれました。

この「1812年」、かつてオーディオマニア御用達だったレーベル・
テラークから出ていたアナログレコードが、オーディオシステムの
再生能力のテストによく使われていました。



しかしこの大砲の音がとんでもないレベルで、針はレコードの溝に
追従できずに音が飛ぶわ、大音量の衝撃音で貧弱なウーファーは
ぶっ飛ぶわで、いったい何のテストをしているのかわからない
状態でしたが。


そのテラーク版とは違い、ソニー・ミュージック版は大砲の音が
入っているものの、適切なレベル。

しかもなによりも演奏が上質です。

また、2曲目のベートーヴェン「ウェリントンの勝利」も秀逸。

この曲は別名「戦争交響曲」とも呼ばれ、英国のウェリントン将軍が
皇帝ナポレオンを撃破した「ヴィットリアの戦い」を描いたもの。

通説ではベートーヴェンの駄作中の駄作とされてきたのですが、
マゼールとウィーン・フィルの手にかかれば、実にいきいきと
情景が浮かび上がります。
ベートーヴェンのなかで、私の好きな曲のひとつです。




しかし、スワンが来て以来、音楽を聴くことが
あらためて楽しくなりました。

休みの日の昼間には、ひとり圧倒的な大音量を鳴らして
スワンの描き出すいきいきとした音楽に酔いしれています。



スワンの作者(設計者)であり、
“オーディオの神様”とまで呼ばれた長岡鉄男。




最近、Googleで「長岡鉄男 スワン」で検索すると、私の
「とっておき!!」のミラーサイトである「ぶろぐ☆渋谷とっておき!!」
上位30番台で表示されるようになっていました。


彼の没後10年にして、ようやく長岡教信者になれた気がします。



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仰ぎ見る力。 2010年
4月14日(水)



先月(3月)29日、東京タワーを超えたという報道が流れてから
がぜん注目を集めるようになった東京スカイツリー。



いまや、周囲には見物人があふれています。


しかし、何がそこまで人々を惹きつけるのか。


それは、日本人にとってほんとうに久しぶりに
“楽しみにするもの”が誕生したからではないでしょうか。


バブル崩壊以降、ずっと打ちひしがれてきた我々の心を、
東京スカイツリーは劇的に変えるのかもしれません。



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ラジオの復権。 2010年
4月12日(月)



昔、チューナーという機械がありました。



オーディオが立派な趣味だった時代、
コンポーネント(ステレオシステム)のひとつとして
FM放送を受信するための重要な装置でした。

50Hz~15,000Hzの、いまとなっては低音も高音も足りない
狭い周波数帯域がハイファイ(高音質)とされた時代。
東京・愛知・大阪・福岡の4局しかなかった民放FMからは毎正時、
「ス・テ・レ・オ、トリオ~♪ ポーン♪」と時報が聞こえていました。



週刊FMfanなどの専門誌の番組表には、放送する一曲ごとの時間が
記載され、これを目安に「きょうは46分のDUADがいいかな」なんて
録音するカセットテープの長さを選んでいたものです。

CDの登場によってFMがハイファイの範疇から滑り落ち、CDレンタルの
普及がエアチェックなんて言葉を死語にしてしまいました。
チューナーがアンプに内臓されるおまけになりさがってしまったいま、
ラジオは私たちの生活からどんどん縁遠い存在になってしまいました。


そのラジオの、起死回生の一発です。


radiko.jp



これはいま放送しているのと同じ番組をそのままインターネットで
配信する、日本初の本格的なサイマルキャスト(同期)放送

J-WAVE と TOKYO FM のほか、TBS、ニッポン放送、文化放送の
在京AM3局とラジオ日経(旧ラジオたんぱ)、それに外国語FMの
InterFMのあわせて7局。
パソコンの他に特別な装置は必要なく、ただrajiko.jpのサイトに
接続して聴きたい放送局を選ぶだけです。

名目上は高層ビルなどによる難聴取地域解消ですが、
衰退するラジオメディアの生き残り策であることは明らか。
現在は東京圏、大阪圏限定での実験放送という位置づけですが、
近くNHKも参加するとのことで大きな広がりを見せることでしょう。

現在、この文章もJ-WAVEを聴きながら書いていますが、
音質も安定し、聞き流す分にはとくに不満はありません。


ただ、このままネット放送が普及すると、FM局にとっては
もうひとつの試練となりそうです。

それは音質の差。

AM放送はこれまで電波に乗せる方式上の制約から4,000Hzくらい
までしか高音が出せない超低音質放送でした。
しかし、ネット配信ではこの制約がなくなります。
いつのまにか(1992年~)ステレオ化も成し遂げているAMは、
ようやくまともな音質の音声メディアになるのです。


少なくともスペックの上ではFMとAMが横並びになったとき、
すでにハイファイではなくなったFMはどう生きていくのでしょうか。


…やっぱり帰国子女路線?



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010sp.htm#2010412


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