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原発210個分の太陽光発電。 2011年
4月9日(土)




「そんな土地がいったいどこにある。」


やれ自然エネルギーだ再生可能エネルギーだと吹聴する
人々の話を聞くたびに、激しい嫌悪感を覚えてきました。




風力発電は、もはや風前の灯。




そもそも、風力発電が実際にペイするのは北ヨーロッパなど、
常に強風が吹きすさぶ荒涼とした土地。
温暖な日本に年じゅう強風が吹き荒れる場所などありませんし、
低周波騒音問題や景観の問題が解決しない以上、今後の
拡大は非常に難しいでしょう。



太陽光発電は、莫大な土地を必要とします。




発電効率の向上によって、一戸建て住宅の電力は賄えるように
なったかのように言われていますが、実際には晴れた日の
昼間しか満足に発電できず、それを蓄えておく安価な方法も
まだ存在しないために、実際には電力の自給自足などできていない
のが現状。

太陽光発電でさらに産業用電力まで賄えるようにするには、
莫大な広さの土地が必要になってしまいます。

太陽電池パネルの1㎡あたりの出力は0.15kW、つまり150W。
原発1基分の100万kWを得るためには6.7k㎡もの広さが必要
になるのです。

6.7k㎡といえば、ほぼ2.5km四方。北海道でもこれだけの空き地は
ありません。太陽光発電で日本の電力をまかなうことなど、どだい
無理です。

まさに、そんな土地がいったいどこにある、なのです。


ところが。


ふと、思いついてしまいました。
一か所だけ、広大な土地が現れる可能性がある、と。






それは、福島第一原子力発電所周辺の土地





もしこのまま放射性物質の排出が続き、農業はおろか、
人が住み続けることもできないほど汚染されてしまったとき。

もちろん、私もそんな事態にはなってほしくありませんし、
そういうことを考えることは不謹慎だといって嫌悪感を
持つ人もいることでしょう。

しかし、すでにその可能性を考えなければならない事態
なっているのは確かなのです。


もし万一、不幸にして土地を放棄せざるを得なくなったとき。


ここに、太陽光発電パネルを敷き詰めるのです。


もし仮に原発から30kmの圏内だとすると、その面積は2,826k㎡。

そのうちおよそ半分が海ですから、地上部分の1,400k㎡に
太陽電池パネルを敷き詰めたとして得られる電力は、
2億1,000万kW


なんと原発210基分の電力が得られる計算になるのです。


もちろん先にも書いたように、太陽電池パネルは晴れた日の
日中しか満足に発電できませんから、2億1,000万kWはあくまで
瞬間的なもの。

揚水発電所など、余った電力をいかに貯めておくかの問題が、
原子力発電の場合と同様に大きな問題になっていきますが、
それにしてもこの発電量はまさに夢のよう。


原子力から太陽光へ。


今回の事故で最悪のケースとなった場合に放棄されることになる
土地が、「脱原発」を一気に実現できる可能性を秘めたものになる、
というのはなんとも皮肉な話ですが。




この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110409


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心配しないでください。 2011年
4月5日(火)




「元気にしていますから心配しないでください。」


今回の東日本大震災の被災者からのメッセージを聞いていて、
非常に気になったフレーズがこれです。

これまで、100人以上のビデオメッセージに接しましたが、
避難所で暮らす被災者の半数以上、とくに高齢者はほぼ例外なく
このフレーズを最後に、親族へのメッセージを締めくくっています。


「心配しないでください。」


巨大地震に襲われ、津波に家や家財道具をすべて流され、
職場や家業をも失い、ただ身体ひとつで体育館での避難生活を送る。

常識で考えて、これで心配しないでいられる人間がいるかというほどの
悲惨な状況です。

なのに本人たちはテレビカメラに向かって口々に
「心配しないでください」と言う。


このメンタリティはどこから来るのでしょうか。


自分はさておいても、大切なひとには心配をかけたくない。

心配をかけることそのものが、心苦しい。


そういう気持ちが、「心配しないでください」というセリフとなって
自然と出てきてしまうのでしょう。


しかし、もしこれが外国人だったとしたら、こんなセリフが出るでしょうか。
いえ、ありえないでしょう。

とくに西洋人ならば、いかに自分たちが悲惨な状況にあって
助けを必要としているか、泣き叫びながら訴えることでしょう。
中国人も、たぶんそう。



「心配しないでください」は、常に他者を思いやる気持ちの表れ。
それこそ日本人の美徳なのでしょう。



ただ、このセリフを使わざるをえない状況はもうたくさんなのですが。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110405


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それでも原子力しかない。 2011年
3月31日(木)



いっこうに状況が好転しないばかりか、いつまで放射性物質を
まき散らすのか見当もつかない状況になりつつある福島第一原発。

周辺自治体は地図から消えることも覚悟しなければいけない状況に
なりつつあるといっても過言ではないでしょう。


しかし、それでも原子力しかないのです。

東京電力の現在の供給量が3650万kWなのに対し、夏の7月末の
需要予測が5500万kW。これから小規模火力発電を復活させたり、
急いでガスタービン発電所を設置したりしたとしても上積みできるのは
せいぜい1000万kW。

まだ1000万kW近くが足りないという深刻な事態がやってきます。


ところが、柏崎刈羽原発の現在休止している3基を早期に再稼働し、
この春以降に定期点検を予定している原子炉の定期点検を特例で
延期すれば、約400万kWが生み出せることになります。

また、「安全に停止した」福島第二原発がどの程度のダメージを受けて
いるのかわかりませんが、この早期復旧と再起動によって生み出せる
電力は440万kW。

さらに地震で自動停止したままの日本原子力発電(株)の東海第二原発の
再稼働で110万kW。

同じく地震で自動停止している東北電力女川原発の出力は約200万kW。
これの一定部分を東京電力に融通してもらうとすれば、瞬く間に合計
1000万kWが生み出せるのです。


たしかに、未曽有の津波が原因とはいえこれだけの事故を起こしてしまった
原子力発電所に対して、多くの人々が心理的な抵抗を持つことは理解できます。

しかし私たちの生活のほとんどすべてとも言っていい部分が電気に頼って
いる以上、すぐ目の前にある電力危機に対してほかの選択肢はありません。


もしこのまま原子力を否定するなら、それは私たちが文明を捨て、文化を捨て、
社会の治安も捨て、さらには先進国の地位をもすべて捨ててしまうことを
意味します。


やはり、原子力しかないのです。

たとえしばらくの間であっても。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110331


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具のないオムライス。 2011年
3月28日(月)



具がまったく入っていないオムライス、
あなたは許せますか。



上の写真は「クラシックオムライス」(500円)というメニューに、
オプションでソーセージ(100円)を付けたもの。


先日、高田馬場にオープンしたオムライスの専門店のものです。




まあ価格が価格ですし、形が不細工とか小さいとかいうのは
ある程度は許せるにしても、食べてみて驚いたのは具がないこと。

正確には、3個のグリンピース以外には何も入っていなかったこと。



どんなに食べても、ケチャップ味のごはん以外に
違う形をした固形物の感触がないのです。




しまいには解体し、ぜんぶほぐしてみましたが、
ついに鶏肉はおろか玉ネギのみじん切りさえ
具らしきものをどこにも見つけることができませんでした。




具のないオムライス、500円。


ここまで客をなめくさった店は、初めてです。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110328


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日本でいちばん切ない別れ。 2011年
3月24日(木)




東京都でありながら亜熱帯という、小笠原諸島・父島。





都心との距離は1,000kmもありながら飛行場はなく、
片道25時間半もかかる船がほぼ唯一の交通手段。

それだけにこの島の「別れ」は、現代の私たちが
もはや想像できないほどつらくて切ないものがあります。




定期船「おがさわら丸」が出航するのは、ほぼ6日に一度。

この日、島の波止場には大勢の人が見送りにやってきます。
多いときには300人以上はいるかと思うほど。

島の人口が2,000人あまりですから、その盛大さがわかります。



島を離れるほうの人々もまた、ほとんどがデッキに出て手を振り、
別れを惜しみます。



片方のデッキに人が集まるため、船はその重さで傾きます。

上の写真でも、船の下の赤い喫水線で傾いているのがわかります。






そして3月は、島の人々にとっては特別な別れの季節。

島でたったひとつの高校・都立小笠原高校の卒業生たちが、
みんな島を離れ、旅立っていくのです。


新幹線や飛行機ですぐ戻れるわけではないこの島では、いったん
島を離れてしまうと、なかなか帰ってくることができません。

なかでも就職する子は長い休みが取りづらくなるため、
彼ら、彼女らはほとんど島に戻ることがなくなってしまうといいます。


まさに「今生の別れ」ともいうべき別れが、いまもここにはあるのです。




卒業生が旅立っていく、そのとき。

二隻のボートが全速力でおがさわら丸を追いかけます。


一隻は、在校生の男子全員が応援団となって
4畳半はあろうかという大きな紅白の旗を雄々しく掲げています。

もう一隻は、チアの格好をした女子生徒が。




彼らは、去りゆく卒業生たちの名を力の限り叫びます。

そうして、今生の別れを惜しむのです。





太平洋に浮かぶ絶海の孤島、小笠原諸島父島。


この島の別れの春は、見る者すべての心を揺さぶります。







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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110324


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ふたたびこんな雲を見た。 2011年
3月23日(水)



3月11日午前7時前。
あの「東北地方太平洋沖地震」の起こる日の朝のこと。

私は、知人にこんなメールを出していました。




添付した写真はこれ。



上半分に波状の雲、山の上には一直線に伸びる帯状の雲が
見えます。

ちょっとわかりにくいので、ほぼ同じ時刻に広角のレンズで
撮ったもので見ていきましょう。



波状の雲は、まるで水面の波紋のように規則正しく並び、
空を覆っています。まるで左から右上に向かって、何かの
エネルギーが伝わったかのよう。

そして向こう側には、直線状に並行して伸びる2本の雲。

その間は、すぱっと空がふたつに割れているかのようです。


同じようなメールは、身内にも送っていました。



この文章のなかにある、「1週間前に見た」という雲は、これ。」



写真そのままだといまひとつわかりにくいので、
肉眼で見た印象に近づけるよう加工し、強調してみると。



高層の雲に、幾重にも筋状の細いシワがよっているのがわかります。
筋は、細く平行にどこまでもつながっています。

肉眼で見た印象は、異様で少々気味の悪いものでした。



なぜこれらの雲を、私が「地震雲のような雲」と呼んだのか。


それは中越地震のちょうど一週間前、同じような雲を見た
経験があるからです。






いずれも2004年10月16日 新潟県十日町市で撮影

詳しくは、
とっておき!のねごと。「こんな雲を見た。」2004年10月26日
を見ていただきたいのですが、この経験以来
地震雲というものの存在を信じるようになり、
ときどき空に目をやっては異常な雲がないかを
気にするようになっていました。



今回、私が見たこれらの雲ははたして地震雲だったのか。



それは結局のところ謎ですが、ただ私が体験した
ありのままをここでお知らせしておこうと思います。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110323


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いま、菅直人ができること。 2011年
3月21日(月)



いま、菅直人ができること。


茨城産のほうれん草を食べ、

福島産の牛乳を飲んでみせること。


これらの農産物が安全であることをアピールし

風評被害を防ぐために、かつてカイワレでやってみせた

パフォーマンスを再びやっていただきたい。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110321


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わが青春のDUAD。 2011年
2月17日(木)





待ちに待ったものが、ようやく届きました。


それはカセットテープですが、ただのカセットテープではありません。



DUAD です。デュアド、と読みます。

これを見ておぉ、っとのけぞったあなた。
あなたは立派なオヤジです。




DUADは、かつて最高の音質を誇った
フェリクローム(Fe-Cr)というタイプのカセットテープ。

酸化鉄の層の上に、薄く酸化クロームの層を塗り重ねることで
低域を酸化鉄、高域をクロームが受け持つという離れ業を演じ、
幅広い周波数帯域と広いダイナミックレンジの両立を
可能にしていました。

音質が最高峰なら、値段も最高峰。
90分で1,200円もしたので、高校生の小遣いではなかなか
手が出ない高嶺の花でした。

でも、それだけにこのDUADには強い思い入れがありました。

NHK-FMでやっていたバイロイト音楽祭やウィーン・フィルの
ニューイヤーコンサートのPCM(デジタルを昔はこう言っていた)生中継。
そうした、絶対に録り逃したくない貴重な音源を収めるための
まさに“とっておき”のテープがDUADだったのです。



このDUAD、Yahoo!オークションで探し続けてもう3年になるでしょうか。



Yahoo!オークションにある「オークションアラート」という機能。

これは、あらかじめ登録しておいた商品が出品されたときに
自動的に知らせてくれる機能。商品名であったり、カテゴリーであったり、
出品者で自動的に検索し、ほしい商品の出品を逃しません。


ここに「DUAD」のキーワードを入れて待つこと3年。



ようやく出てきました。未開封のDUADが。


DUAD生産完了からもう20年近くたつでしょうから、
よくぞまあ未開封で残っていてくれたものです。


いますぐに入札したい衝動にかられながらも、終了当日まで
我慢がまん。

オークションというのは、早くから入札しても
値段を釣り上げてしまうだけでまったく意味がありません。

本当に競り落としたいと思うのなら終了直前に参戦し、
一気に勝負をかける、というのが鉄則なのです。


参戦したのは終了5分前。
このときすでに3,700円まで競りあがっています。

20年以上も前のカセットテープなんかを買いたいというバカは
私だけではなかったようで、ちょっと嬉しくなってしまいます。

反面、これから絶対使いもしないカセットテープなんかに
3,700円以上注ぎ込もうという自分の馬鹿さ加減に、気づいて
いないわけでもありません。

しかし4,000円までなら…。


ポチッと入札してみると、出てきた結果は4,100円。
相手はもっと上に上限金額を設定しているのです。

じゃあ4,500円までなら…。


結果は4,600円で相手の勝ち。

ギャンブルと同じで、負けると熱くなってしまい、理性を
失い始めます。

しょうがない、5,000円が最後の上限だ。えいっ。


結果は…。



その瞬間、私が最高額入札者となり、そのまま4,700円で
競り落とすことができたのです。


でも、4,700円あれば飲みに行けるじゃん…。

たら~っと冷や汗と後悔がにじみ出てきても後の祭り。

しかたなく支払いの手続きをして到着を待っていた、
というわけです。



そしてクロネコメール便を待つこと一週間。

届いたものは想像以上に程度が良くて驚きました。

破れはもちろんスレた部分さえなく、まったくの新品と
言っていいほど。いい買い物をしたものです。




手に取った瞬間、いろんな光景がよみがえり、
いろんなことを次々と思い出してきます。

たとえば、TYPE III 。



メタルテープが登場する前の当時、NORMAL、CrO2(クローム)、
Fe-Cr(フェリクローム)の3種類あったカセットテープの分類に、
ソニーが勝手にTYPE I、TYPE II、TYPE III の名称をつけました。
(のちに標準化されますが)

「クロームとフェリクロームって違いは?」という名称の煩雑さから
逃れ、ただ1,2,3の番号をつけることで簡単に使ってもらおうと
したのです。

それは同時に、NORMALとCrO2の2種類にしか対応しない他社の
製品があったなかで、ソニーがDUADを守り、広めたいがために
編み出した戦略。TYPE IIIがないカセットデッキなんてダメ、という
イメージを作りたかったのでしょう。

それはまた、やがてくるメタルテープの時代、メタルテープは
TYPE Ⅳ(4)とすることで、“3が欠けるとかっこ悪い”状況を作り出し
DUADの延命を図ろうとしたのではないかとも思えてきます。


さらに裏を見ると。



懐かしのDPメカ。

カセット内側の、テープを巻き取るリール(ハブ)と接する
プラスチック製のシートに2本のリブ(筋状の出っ張り)をつける
ことで回転をスムーズにし、巻き取りも美しくできるようになった
という画期的なメカニズム。



しかしいまあらためて考えてみると、この程度のことが
“売り”にできていたのですから、カセットテープというのは
ずいぶん原始的なものだったんだなぁ、とも思います。



しかし、それにしてもなぜいまDUADなんかを入手したかったのか。



実は、私には変なコレクションがあります。



カセットテープの外装フィルムのコレクション。




エアチェックという言葉が、少なくとも若い世代では普通に通じ、
カセットテープという音楽メディアがいちばん華やかだったころ。

メーカー各社は性能を競うとともに、デザインでも競っていました。



しかし、その美しい外装フィルムはみな破かれ捨てられてしまう運命。


せっかくならきれいに剥がして保存してあげようと思ったのです。



保存しておけばいつか価値が出るかも、というスケベ心が
あったのも否定はしません。

しかし、そんなことを考えるヤツは私だけだったようで
これまで話題にも上ったことはありませんが。


このコレクションに、DUADがなかったのです。
最高峰だったDUADが。


もちろん今回未開封で手に入れたDUADを、わざわざ剥がす
つもりはありません。

ただ、もういちどDUADを手元に置いておきたくなったのです。

オーディオが教養ある人々の立派な趣味だった時代。
ソニーが最先端であり、ソニーを持つことがステータスだった
時代の記憶として。




そしてもうひとつ。


ここまで読んでくれた方にだけお話しますが、
DUADにはもうひとつ思い出があります。


高校時代、ブラスバンドに明け暮れていた私は、同じ部の
女の子に「若きウェルテルの悩み」のような恋をしました。

そしてその想いを打ち明けるきっかけに、なにかプレゼント
しようと、いや、しなければならないと思いたちました。

ところが当時の私には、女の子のほしがるものなど
皆目見当がつきません。
姉はいました。しかしとても同じ女とは思えない存在でした。


悩んだ末に、DUAD。

最高峰のカセットテープをあげようと。

しかし何か自分のセレクトした音楽を録音してからあげようにも、
当時の私はベートーヴェン一途のクラシック小僧です。

そんなもの渡しても彼女には喜んでもらえるはずなどない
ことくらいはわかっていました。


そこで私はなにをしたか。

外装フィルムのついた、新品のいわゆる生テープと呼ばれる
DUAD をそのまま渡したのです。


結果は聞かないでください。


いま、DUADを手にすると当時の切ない想いと、たっぷりの後悔で
胸がいっぱいになるのです。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110217


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ストリートビュー、みっけ? 2011年
2月16日(水)





渋谷の片隅で、ヘンなクルマを見つけました。



何がヘンかと言うと。



クルマの上に、太い棒が突き出しているのです。




これはもしや、Googleストリートビューの撮影車?



下の写真は、トロントで撮影されたという撮影車。


http://www.flickr.com/photos/54329815@N00/3598789278



こっちのほうがカメラ位置が高く、大掛かりに見えますが、
日本のものにはどうやら低くしなければならない理由が
あるようです。


40センチ低い位置から撮り直し グーグル・ストリートビュー
                                   (asahi.com 2009年5月13日)
道路沿いの風景をインターネット上で見られるグーグルのストリート
ビュー(SV)について、同社の日本法人は13日、昨年8月から提供
している東京、大阪など国内12都市のすべての画像を40センチ
低い位置から撮影し直し、順次映像を切り替えると発表した。
プライバシーへの配慮で、日本独自の対策という。




つまり、この背の低いカメラは日本仕様であり、このクルマは
もう一度40cm低い視線で東京を撮影しに来ているのではないかと。




たしかにこの高さだと40cm低い2.05mといった感じで
納得できます。




しかし、残念なことに車体のどこにもGoogleの文字が
ないため、これが本当にストリートビューの撮影車なのか
わかりません。

海外の撮影車は上の写真のように「Google」のシールを
車体に貼り付けて撮影しているようです。


日本のGoogleは陰険なのでしょうか。
それとも、あとでちゃんと貼ってから出発して撮影したの
でしょうか。


ちょっと気になります。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110216


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日本が見えなくなった冬。 2011年
2月14日(月)





東京の季節でいちばん好きなのは、冬です。

雲一つない晴天が毎日のように続き、
日光のおかげで体感温度が高いのがなによりよくて。




富士山が見える日が多くなるのも、またいい。


生まれ育った福岡の冬は、どんより曇る日が多かったので
寒い日が多いし、憂鬱な気分。朝も遅かったので、
午前7時はまだ真っ暗で毎朝の通学がげんなり。

まあ、その反面東京は日が暮れるのが早く、
冬は午後3時にたそがれはじめてしまうのだけは
いまでも受け入れられませんが。


しかし、この冬ほど東京の気候の特殊性を感じたことは
ありませんでした。


去年の暮れからずっと、東京以外の天気はどこも雪、雪、雪。

国道で1,000台もの車が立ち往生し、車内で年越しをしたとか、
特急電車が倒木で立ち往生して36時間遅れで2泊したとか。


一方で東京も寒かったものの、大晦日から38日間乾燥注意報が
発令され続けるなど、カラッカラのぴっかぴかのお天気続き。

各地の豪雪被害のニュースをテレビで見て、すごいな、とか
大変だな、とか気の毒だな、とは思うものの、毎日ぴかぴか
天気の東京にいるとまったく実感がわきません。

ほんとうに申し訳ないのですが、どこか遠い国の光景を
見ているかのような、不思議な非現実感が自分のなかに
あるのです。


ここまで残酷なほど、東京とそれ以外の全国の気候が
分かれた冬は記憶にありません。


そして今夜、東京はこの冬初めてと言っていい本格的な雪に
見舞われています。
ホワイト・バレンタインデーとはしゃいだ人もいることでしょう。



さっき見た「報道ステーション」では、八王子でもう5cmも積もったとか
新宿の線路は真っ白だとか、もう大騒ぎ。はしゃぎまくっています。

たしかにあすの朝の東京は、都心でも積雪で交通が麻痺し
滑って転んでけがをする人が続出することでしょう。


しかし、それでもたったの数センチ。


東京以外の各地に住み、これまでさんざん雪の被害に苦しめられ、
いまも白一色の景色に埋もれて暮らす人々からすれば、
東京はいったい何を甘えているんだ、と思うことでしょう。




東京にいると、地方がまったく見えなくなる。

それは、日本というものがまったく見えなくなるのと同じ。



それはずっと思い続けてきたことではありますが、
それをあらためて感じさせられる、冬です。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110214


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100万ヒット達成しました。 2011年
2月13日(日)



きょう、「渋谷とっておき!!」が100万ヒットを達成しました。



「渋谷とっておき!!」は、このtotteoki.jpの中核をなすウェブサイトで、
こことは姉妹関係にあります。

開設が2003年4月。
8年足らずでの100万ヒット達成とは、感慨深いものがあります。
この8年、いろんなことがありました。

これもみなさんのおかげです。ありがとうございました。


最近は、渋谷でいいお店がなかなか見つからなくなったことや、
「ぶろぐ☆とっておき!!」にも戦線を拡大したことで
なかなか手が回らなくなってきた部分もあり、申し訳ありません。

今後また新たなエリアを開拓したり、これまでの蓄積を活かしたり
しながら頑張っていきたいと思いますので、これからもどうぞ
よろしくお願いいたします。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110213a


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富士そばの謎、渋谷の謎。 2011年
2月13日(日)



唐突ですが、あの立ち食い蕎麦の大手「富士そば」って、
渋谷が発祥の地だって知っていましたか?


                                      (この写真の店ではありません)

でも、もうちょっと意外だったのは、
「富士そば」が全店舗で84店しかないこと。

ヒャッキンの「ダイソー」が全国に2,000店を超えるのと比べると
驚きの少なさです。これは「富士そば」が東京都心の一等地を
ことごとく制覇していることから見える錯覚なのでしょうか。


先日、中途半端な時間に小腹がすいたので入りましたが、
店内に流れる音楽が知らない演歌ばかりなのも謎です。



これってまさか、作詞家もやっているという創業者が
作った歌ばかりを流しているんじゃないでしょうねぇ。


ほかにも、渋谷を発祥の地とするチェーン店は意外に多く、
「イタリアントマト」や「洋麺屋五右衛門」もたしか渋谷が
第一号店だったはず。


ほかにも探してみると楽しめますよ。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110213


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至福のホルモンパーティー。 2011年
2月12日(土)





渋谷駅西口の東急プラザ地下1階に、
「渋谷ホルモン」という名のホルモン専門店ができていました。

その品揃えたるや、目が回りそうなほど。




幅6~7mあるショーケースには、ホルモンがぎっしり。



ガツシンだのサンドミノだのハツモトだのシビレだの、
見たことも聞いたこともないような名称のホルモンが
ずらりと並んで圧倒します。さすがホルモン専門店。

実際には同じフロアにある「ニュー・クイック」という
肉屋が運営しているのですが、少し離れたこの場所に
あった店が退去するにあたって、“飛び地”としてここに
ホルモン専門店を出すことを思いついたのでしょう。

まさにタイムリーです。



そしてせっかくこういう店が渋谷にできたからには、
ぜひいろいろな部位のホルモンを試食してみたくなるのが
人情というもの。


そこで急遽思いつきでホルモン焼肉ホームパーティーを計画し、
オフ会の常連さんに連絡して開催することにしました。



会場は晴海にある友人の家。
上の写真の左にそびえる黒い影がそれです。




買ってきたホルモン。
写真に写っているのは7種類ですが、実際に買ったのは9種類。



上の左から時計回りに、牛ハラミ味付け、牛サンドミノ、
牛しま腸。いずれも味付けのものです。




そして上の写真は時計回りに牛シビレ(胸腺)、牛ハツモト(大動脈)、
豚カシラ、牛せんまい。いずれもこちらは味付けなし。




そして牛の生レバー。



100グラム980円と最も高かった牛の生ハラミ(横隔膜)です。




急遽押しかけての焼肉パーティーということで、
ホットプレートを持っていなかった友人があわてて
買ってきてくれました。散財させて申し訳ない。

参加者は3人。
ビール片手に、次から次へと焼いて食べていきます。



これがもう、おいしいのなんのって。

しかも、いろんな部位を次々に焼いては味の違いを
確かめる作業がこんなに楽しいとは思いませんでした。




なかでも特に印象的だったのは上の写真の右。
牛の胸腺、別名リードヴォーと呼ばれる部分です。

ちょっとぷよっとした食感と、ホルモンらしからぬ
あっさりとしたうま味にやみつきになってしまいそうです。

羊の胸腺(リーダーニョー)は食べたことがあるのですが、
この牛の胸腺のほうが食感が良く、うま味が強くて
上でした。

そのほか、上の写真左のしま腸も、新鮮なためか
ぷりっぷりで柔らかく、口に入れるとうま味がほとばしるほど。

もちろん、グラム980円と別格に高い国産ハラミも
とてもおいしかったのですが、やはりホルモンですから
コストパフォーマンスの高いほうがうれしくなってしまいます。



9種類、重さにして合計1.3kgはあったホルモンの山は
あっという間に消えていきました。

ビール6本や焼酎2本を空にして、そのほか刺身やタレや
野菜やキムチなどもろもろ買って、一人当たり5,000円ほど。
店で食べればホルモンと言えども1万円は下らないであろう
ことを考えると、驚きの安さでした。

「渋谷ホルモン」、恐るべしです。

ぜひみなさんもこの店のホルモンをいろいろ買って、ご自宅で
ホルモンパーティーを試してみてください。


ただし衣服への油跳ねと、部屋に匂いがこもるのは
覚悟の上で。




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「国技」の意外な由来。 2011年
2月9日(水)





「無観客場所」というのには驚きました。


いや、今回一部の親方から提案がなされたということではなくて
66年前に無観客場所が実際に行われていたということに。


それは昭和20年の6月場所のこと。
3月の大空襲で当時の国技館の屋根が焼け落ちており、また
東京全体が甚大な被害を被ったのに相撲の興行などいかがな
ものか、という声があるなかで、実際の取組をしなければ力士の
技量が落ちる、という理由で観客を入れずに行ったのです。


無観客試合といえばサッカーではよく聞く話。

2005年のドイツワールドカップのアジア最終予選の日本対
北朝鮮戦も無観客試合でした。この試合で日本が勝利し、
出場一番乗りを決めたのは記憶に新しいところです。


さて競馬でもちょっと違いますが、かつて馬券発売のない競馬が
行われています。

昭和19年、戦局の悪化に伴い競馬開催が一時停止され、
日本ダービーをはじめとするクラシックレースまでもが
開催できなくなります。

しかし本来、競馬というものは速い馬、強い馬を選び抜くための
もの。強い血と強い血を掛け合わせ、さらに強い馬を作り出す
ための選抜作業がレースなのです。

馬が兵器だった時代、強い馬を作ることは国家的事業でした。
レースができないということは、馬の生産ができないということに
つながってしまうのです。

そこで、「能力検定競走」と名付けられた馬券発売を
伴わない形でのレースが開催されました。

馬券発売がありませんでしたから、たぶんこれも無観客試合に
近い状態だったことでしょう。



さて、相撲に話を戻しましょう。

よく、相撲を「国技」と言いますが、なぜ国技とされるように
なったか、そのきっかけを知っていますか。



答えは、相撲協会が勝手に「国技館」という名前を
付けたから。


1909年、初の常設の興行場所として両国に造られた建物に
相撲協会が勝手に「国技館」と名付けてしまいます。

それがいつのまにか定着してしまっただけのこと。

日本政府が相撲を「国技」と認定したことは、これまで
一度たりともないのです。


相次ぐ不祥事に続き、八百長まで明らかになった大相撲。

そろそろ「国技」という名前を返上させてはどうでしょうか。



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時が凍った商店街。 2011年
2月8日(火)





昭和40年代の日本が、まさにそのままの姿で
私を待ちかまえていました。



そもそもは夕暮れ時の散歩中、池袋から
雑司ヶ谷霊園を突き抜けてたどり着いたエリア。



うろ覚えであるラーメン屋を探しているつもりが、
全然別のところをさまよっていました。




突如として現れた商店街はまるで時が凍ったかのよう。




もちろん、古い店が一軒だけ残っているのなら
それは東京でもよくある光景。

しかしこの路地に面した店は、みんながみんな
時の歩みを止めたまま凍ってしまっているのです。



ほんとうに、時空を超えてタイムスリップしたかのような
感覚に陥りました。まったくの誇張なしに、嘘偽りなく。

それは、たそがれ時だったせいもあるでしょうが。




しかし、ここは本当に山手線の内側か?

そんな疑問がふつふつとわきあがってくるのです。




惣菜の売り方もまた昭和40年代。




ホーロー製のバットもいまどき見ないスタイル。

ぷかぷか浮いてるサバの切り身も久しぶりです。




高菜にきんぴら。

懐かしさのあまり、実際に買って帰って食べましたが、
きんぴらは味が濃すぎる気がしたものの、サバは意外にも
甘くてさっぱり。高菜も普通においしいものでした。




肉屋の看板で微笑む牛豚鶏も、そのヘタウマさ加減が絶妙。




鶏も切れないようにちゃんと撮っておけばよかったと
後悔しきりです。




「雑司が谷 弦巻通り商友会」。

この恐るべき商店街でタイムスリップを体験したければ、
ぜひたそがれ時に行くことを勧めます。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110208


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175本の恵方巻き。 2011年
2月3日(木)





「恵方巻き」と称して、節分に太巻きを売りつけようという
馬鹿なイベントが、また今年もやってきました。


写真は、我が家の近くのセブンイレブン。

店頭にテーブルを出し、「丸かぶりの日」などという
手作り風オブジェまで飾って売ろうとしていますが、
売れてる気配がありません。



テーブルの上には12本、店内の弁当コーナーには、
棚3段にわたって合わせて163本、なんと合計175本もの
恵方巻きが並んでいました。


しかし時間はすでに20時30分。

これからもう爆発的に売れることは期待できませんから、
このあと100本以上は確実に廃棄され、この小さな店は
大損害を被ることになるのでしょう。

まあ数えた私も私ですが、いくらなんでも仕入れすぎです。


そもそも、節分の日に太巻きを丸かぶりするという
関西や広島の一部で行われていた奇習を、ただ商売の
ためだけに全国に広めようとした「恵方巻き」。

奇習は奇習でその土地だけで受け継がれていけばいい
ものを、それを無理やり全国に広め、自分たちの商売に
つなげようという魂胆が許せません。


しかし不況で財布の紐が固かったこともあるのでしょう。
多くの消費者はそんな見え透いた魂胆に踊らされず、
一本380円もする太巻きは今年大量に売れ残ったようです。

近所のお店はかわいそうですが、当然の帰結のようにも
思えます。


「恵方巻き」。

来年は、本来受け継がれてきた土地だけで行われ、
私の周囲から姿を消してくれることを願います。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110203


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シュールな滑り台。 2011年
1月31日(月)




なんともシュールな滑り台です。



神楽坂にある児童公園。
この場所を見つけたのは、まったくの偶然でした。



世の中にゾウの滑り台というのは数あれど、
ここまで独特の雰囲気と迫力を醸し出しているものは、
日本広しといえどもこれだけではないでしょうか。

素晴らしい造形です。


この滑り台があるのは、あかぎ児童遊園。新宿区立の児童公園です。


大きな地図で表示


東西線神楽坂駅がある早稲田通りから一本裏の路地に
入った場所。高低差のある細長い敷地に造られています。




上から見ると、とくにへんてつのない公園に見えますが、
階段を下りて振り返ると。



斜面を覆い尽くすように耳を広げたゾウが2頭。




2頭の鼻がつながって滑り台となっています。

滑ってみましたが、なかなか楽しい。




目には、妙な迫力が。

ツタンカーメンの目を思い出させるこれらの造形も、
左官のコテで作ったのでしょうか。だとしたらすごい技術です。


しかし、これはいったいリアルなのかリアルでないのか。

リアルとはなにか。

見れば見るほど疑問が湧きあがるデザインです。




あなたも、ぜひ一度このシュールな空間に足を運び、
このゾウの迫力を全身で受け止めてみてください。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110131


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ラッキー2000円札。 2011年
1月29日(土)




自民党が、2000円札の活用アイディアを募集しています。

「2000円札 活用アイデア募集!!」

なぜいま、2000円札でしょうか。



西暦2000年に合わせるように発行された2000円札ですが、実は
沖縄振興のために発行された、という側面も持っていました。



表面の右には守礼門が描かれ、中央の透かしにもまた
別の角度から見た守礼門が描かれています。


この、沖縄振興のための2000円札の発行は、
当時の小渕恵三首相の発案によるものとされています。

以前、外相として担当した普天間基地の移転交渉を通じて、
米軍基地の過重な負担という沖縄の“痛み”を誰よりも
理解していたという小渕首相。

普天間移転を沖縄が受け入れてくれる代わりにと、
首相として沖縄への手厚い振興策を実施しています。

福岡の単独開催で決まりかけていた2000年のG8サミット
開催地を、直前になって沖縄での開催に強引に変更したのも
小渕首相だったといいます。

しかし小渕首相は1999年に帰らぬ人となり、沖縄でのサミットも
守礼門が描かれた2000円札も、生きて見ることができなかった
のです。



そうした背景を背負って生まれた2000円札ですが、
西暦2000年のミレニアムに合わせて発行されたために
まるで記念紙幣のようなイメージがつきまとってしまいます。

また、日本では「2」のつく貨幣の発行が約50年ぶりであり
発行例が少なかったために人々に受け入れられませんでした。


そのため現在ではほとんど見ることがなくなっています。

上のお札も、きょうカフェで出してみたらバイトのお兄ちゃんに
「うわ、久しぶり見た。」と大うけ。しかもレジに入れる場所がない、
というおまけまでついてきました。

現在の世の中への流通量は、紙幣全体のわずか0.9%。
そういう反応もしかたないところです。




しかし沖縄への想いを込めた、小渕首相の遺産ともいうべき2000円札。

このまま消えてしまうにはあまりにもしのびない。

どのようにしたらみんなが使ってくれるようになるか、
さらにできれば沖縄振興につながるような妙案はないのか、
ということで自民党はアイディア募集をかけたのでしょう。


しかし、現在使う習慣のないお札を使うように仕向けるには、
なんらかのインセンティブ(刺激)がないといけません。


そこでまず誰でも考えつくのは価値を増やすこと。

たとえば2000円札で2,200円分の買い物ができれば、
みんなこぞって2000円札を使うようになることでしょう。


しかし、2,000円の額面の紙幣が2,200円の価値を持つ、
というのは貨幣制度の根本を揺るがしかねません。

たとえ沖縄限定で、商店街で2000円札で2,200円分使えるように
したとしても、じゃあその200円分を誰が負担するのか、
という問題になるわけですから容易ではありません。

しかもその負担は永遠に繰り返し続きますから底なし。
それに税金を投入するのは説明がつかないでしょうし。



もっとコストが低く、容易に導入できることはないか。


そこでひらめきました。



ラッキーヱビスです。


サッポロの「ヱビスビール」の瓶には、数百本に1本の割合で
通常の1匹のほかにもう1匹の鯛が恵比寿様の脇に描かれた
ラベルが混ぜられています。



これが「ラッキーヱビス」。

ヱビスの瓶は主に飲食店で提供されますから、
店の客がこれに当たれば喜ばれますし、店にとっても
幸運であり、話のタネにもなります。

このラッキーヱビスがあるからヱビスを仕入れる、という店は
いまでも少なくありません。



この「ラッキーヱビス」ならぬ「ラッキー2000円札」を作れば
いいのです。


たとえば、裏面右下の紫式部の肖像画。



数百枚に一枚の割合で、ちょっと違う顔の式部を作ったり。





また、たとえば表の守礼門。



数百枚に一枚の割合で、守礼門の陰から誰かがのぞいていたり。



…心霊写真か。


こうした、ちょっとした遊び心を加えてデザインを変えて
追加発行し、すでに発行されている2000円札に混ぜて
流通させればいいのです。

そうすれば、「ラッキー2000円札」を見たいがために
人々はこぞって2000円札に両替し、次から次へと支払いに
使っていくことでしょう。

もちろん「ラッキー2000円札」はコレクションとして死蔵
されますが、それ以外の普通の2000円札が大量に市場に
流通していくのです。

そして人々は2000円札の存在に慣れ、短期間で定着して
いくはずです。


同じ価値の紙幣なのにデザインが異なるという、常識破りの
紙幣発行には印刷局などからの抵抗も予想されますが、
これ以上低コストで劇的な効果が得られる策はないはず。


さてこのアイディア、自民党にはすでにメールで送っていますが、
はたして自民党の人々にこの奇抜なアイディアがちゃんと
理解できるかどうか。


たぶん無理でしょうか、どんな反応があるかちょっと楽しみです。




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電子武装タクシー。 2011年
1月28日(金)




先日乗ったタクシーの運転席です。



この写真、運転手さんの許可をもらって撮ったものですが…。



ダッシュボード周辺がすごいことに。




タクシー会社から貸与されているカーナビのほかに
個人持ちのカーナビを真正面に。

その右には大きな文字のスピードメーターらしきもの。

いちばん右と、写真には写ってない左側にBOSE社の
小型スピーカーが鎮座。iPodからの音楽をこれで
聴いている、というのです。

車内に流れるはクラシックのピアノ曲。
かなりこだわりが感じられます。

「いやね、会社のカーナビはデータが古くて、中央環状線
新宿線も載ってないし、会社からの呼び出しもこの画面に
出るもんだから使いにくくてしょうがない。自分のカーナビなら
使い方は全部知ってるわけだし、情報は新しいしね。
仕事のためですよ。」


たしかに、運転手が気持ちよく仕事をしていないと、
客も気持ちよく乗れないのは事実です。




とはいえ、前はちゃんと見えているのでしょうか…。



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代々木公園のうさぎ その後。 2011年
1月27日(木)




去年(2010年)11月に見つけた代々木公園のうさぎ。

その後、ちょくちょく見かけるようになりました。



12月1日



12月6日



12月7日


12月9日


12月11日



12月15日


12月28日


なぜこんなに頻繁に出会えるようになったかと言うと、
この子のねぐらがわかったからです。



植栽の根元あたり。いつも小さくなってたたずんでいます。




ほとんどの人がすぐそばを気づかずに通り過ぎていく場所で、
この子はひとりぼっちでじっとしています。



1月24日


1月26日


1月27日


無事に年を越せましたが、厳しい寒さはまだまだ続きます。


この子が、無事に春を迎えられますように。



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ドクターイエロー。 2011年
1月24日(月)





先日の土曜日、首都高から有楽町方面に続く、いわゆる
株式会社線(東京高速道路株式会社線)を走っていたところ、
とても珍しいものに出会いました。


カーブの先に…。



この新幹線。色が違うんです。




車体がレモンのような黄色。

これは「ドクターイエロー」という愛称の特殊車両で、
ほかの新幹線と同じ270km/hで走りながら、レールや架線の
検査を行います。

通常の新幹線ダイヤの隙間をぬって走るのですが、
走っている姿はめったに見られるものではありません。


ちょっと得した気分になりました。



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元祖ダムカレー。 2011年
1月23日(日)





ようやく、この美しいフォルムをこの目で確かめることができました。



ダムカレー。



ご飯をダムの形に成型し、カレーをせき止めたもので、
まさに食の芸術品ともいうべき一品。

福神漬けで、ダムから流れ出る川の流れまで再現されています。


以前からその存在は知っていましたが、いつかこの目で
見たいという願いがようやくかないました。



このダムカレーがあるのは、墨田区にある「三州家」。
最近一部で話題の、ダムカレーの元祖です。



都営浅草線の本所吾妻橋駅から南にまっすぐ5分ほど。
東京スカイツリーのおひざ元ともいうべき場所にある、
鉄筋コンクリート造りのかなり立派な日本料理店です。




建物内は、100畳の大座敷をはじめ畳の個室が並ぶ割烹と、
テーブル席の日本レストランの部分に分かれていて、料理も
かなり違う感じ。



ダムカレーは、当然ながら割烹のほうではなく日本レストランに
あるのですが、着席して最初に店員のおばさんが持ってくる
通常のメニューにも載っていません。



なんと、ダムカレーは裏メニューなのです。


とまあ、このことは事前に情報で知っていたので
おばさんに「あの、ダムカレーを…」と聞くと
「あ、ネットかなんかで見たの?」とおばさんが言って
持ってきたのが一枚のクリアファイル。




おばさんの受け答えまで事前情報の通りとは…。




ダムカレーは4種類。




アース型ダム 土を積み重ねただけの古典的な方式のダム。630円。




アーチ式ダム。黒部ダムに代表される美しい曲線が印象的。735円。




重力式コンクリートダム。ダムそのものの重さで圧力を受け止めます。840円。




ロックフィル式ダム。石を積み上げた堤体は山のよう。945円。

(カレーではご飯を積み上げているのでライスフィルと命名)



しかも、メニューには以下の一文が。



このこだわりよう、とても常人のものではありません。


…これじゃ正規メニューには載せられんわ。



そして、待つこと10分ほど。



待ちに待ったアーチ式カレーが、味噌汁と一緒に登場です。




黒部ダム、私が子どものころはクロヨンダムと呼んでいた
あの美しいアーチ型のダムがそのままご飯で再現されています。

カレーの圧力に耐えてそそり立つ姿は感動的。

しばしうっとりと鑑賞してしまいます。


この丼の形に合わせ、三次元のご飯を形成するのは
並大抵のことではありません。

聞くところによると、この「型」をわざわざ合羽橋道具街の
調理器具店に特注したとか。

さすがダムカレーの元祖。凝りようも違います。


さあ、食べ始めましょう。



男の子ならやはり、ダム決壊から。




しかしこのダム本体、非常によくできていて
なかなか決壊しません。

カレー自体の粘度もあり、大放水というものは
残念ながら見られませんでした。





ダムを取り壊しながら食べ進んでいきます。



しかしあらためて驚いたのは、ダムの形の精巧さ。

断面はちゃんとした末広型、しかも緩やかなカーブで
形作られていました。


一方、カレーそのものはオーソドックスで、
まさに“古き良きニッポンのカレー”そのもの。

逆に特徴がありすぎたら、ダムを存分に楽しめなくなって
しまいそうですから、むしろ計算された味と言えるでしょう。




実は、すごくおいしかったのが味噌汁。

だしのおいしさが、プロの技を見せつけていました。

カレーライスに味噌汁、という違和感ある組み合わせは
日本料理店としての意地の表れなのでしょう。



ダムカレーにはもれなく、ダム放流の瞬間をとらえた
DVDのパンフレット付き。

ここまでばかばかしいまでにこだわられると、
こちらとしてもなんかすがすがしい気分になってしまいます。


さて、元祖はサイドメニューも充実。



「おつまみとんかつ」(370円)でカツカレーにもできるし。




「小サラダ」(310円)でバランスもとれます。



そうそう、ダムカレーにはさらに裏メニューがありました。

その名も「八ッ場やんばダムカレー」。



「工期限定のスペシャルカレーです。吾妻川の自然景観を楽しみください。
 現状に忠実に造られておりますので、騙されることのないよう、
 お願いします」

裏メニューであるダムカレーのさらに裏のメニュー。
どんなものかは、こんど訪れるときの楽しみにとっておきましょう。





“料理は目でも食べるもの”という言葉の
新たな意味を知ることができる衝撃のメニュー・ダムカレー。

ぜひあなたも一度、この元祖ダムカレーを
食してみてください。


上にも書きましたが、この「三州家」こそがダムカレーの元祖。

ここ数年、あちこちで増えているダムカレーはみなここの模倣で、
去年登場した群馬県みなかみ町のダムカレーなどは、
この店の直接指導を受けて製作されたとか。

最近は、ダムカレーを名乗りながらちっともダムの形をしておらず、
カレーを堰き止めてもいない“ダムカレーもどき”が横行し始めて
いるとか。

せっかくならば「元祖」として「ダムカレー」を商標登録し、
“ダムカレーもどき”を排除してもらいたいものです。

がんばれ、ダムカレー。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110123


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“世界一運が悪い男”。 2011年
1月21日(金)



私も、被爆者の人々の気持ちについてはかなり鈍感なほうだと
自分でも思っていますが、さすがにこのニュースには
一種の憤りを覚えました。

-----------------------------------------------
英BBC番組、二重被爆者「運が悪い男」と笑いの種に

【ロンドン=共同】

広島と長崎で二重に被爆し、昨年93歳で死去した
山口彊(つとむ)さん
(長崎市出身)について、英BBCテレビの
お笑いクイズ番組が昨年12月、「世界一運が悪い男」などと
ジョーク交じりに紹介、在英日本大使館がBBCと
番組制作会社に書面で抗議していたことが分かった。
大使館と関係者が20日までに共同通信に明らかにした。
-----------------------------------------------

たしかに私自身、広島で被爆してまたさらに長崎で被爆する
という、この山口さんのあまりにも数奇な運命っていったい
どんな意味があったんだろうか、と人生の不条理に思いを
巡らすことはありました。


しかしそれを「世界一運が悪い男」と笑い飛ばすとは。


しかも、スタジオに本人の顔写真を出して紹介した、というのです。


二重被爆者の写真を出して、「世界一運が悪い男」と笑い飛ばす。

いくら英米人が原爆というものに無知であったとしても、
この無関心さには肩が震えるのを覚えます。

その心の痛みに想いをはせることができなかったのかと。


結局、他民族というのはわかりあえないということなのでしょうか。





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すさまじすぎる航海。 2011年
1月20日(木)





小笠原諸島と日本本土を結ぶほぼ唯一の交通手段、
おがさわら丸。

この船、総トン数6700トンもの大型貨客船ながら
時速にして40km/h以上を出せる高性能な船で、
そこらのプレジャーボートでも追いつけないくらいの
スピードで走ります。



東京-父島が25時間半もかかるといっても、1,000キロもの
距離の外洋をこの時間で駆け抜けることができるのは、
この船の能力があってこそ。

揺れにも強く、ちょっとやそっとでは運休しない頼もしい船なのです。




ところが、1月15日に父島を出港したおがさわら丸は、
すさまじい航海となりました。



下の写真は、船内にこの日張り出されていた海況の予想図。



左が出港翌日の16日午前9時の予想図、右が午後9時のもの。

左の図を拡大すると。



波の高い大荒れのエリアが、父島と東京の間を阻んでいます。

水色の線は、私が書き加えたおがさわら丸の大まかな航路。
(実際はもっと最短距離の直線ですが)

今回の航海で、おがさわら丸は海が最も荒れる時間に、
5メートルを大きく超える波のど真ん中を突っ切って
行かねばならないのです。


おがさわら丸は、何がなんでも東京に戻ろうとする船です。

小笠原行きの便が台風や波で運休することはあっても、
東京行きが運休することはまずありません。

父島停泊中に付近で台風が発生したときなどは、
出港予定を繰り上げてでも東京に帰ってしまいます。

父島の二見湾は天然の良港とはいえ、おがさわら丸が
ひとたび風にあおられれば係留ブイとを結ぶ鎖は引きちぎられ、
流された挙句岸壁に打ち付けられる危険性だってあるからです。



今回もかなり最悪の海況の中、意地で東京に戻ろうとする
おがさわら丸。

そして実際に、深夜からすさまじい波が私たちを待っていました。


荒れ狂う海とはまさにこのことで、
次々と牙が生えてくるようにして、波が襲いかかってきます。



これらの写真は、16日になって夜が明けてから
撮ったものですが、すごかったのは夜が明ける前。

船は横方向にはブランコのように揺さぶられ、
前後の方向にはシーソーのようにばったんばったんと
跳ねまわります。

そう、長さ130メートルもある巨艦が、波に翻弄され、
飛び上がっては落ちるのが手に取るようにわかるのです。

船内にはそのたびにドッシャーン、ガッシャーンという
轟音が響きわたり、とても眠りに落ちることができません。



動画だと、この波の上で跳ね飛ばされるようすが
わかってもらえるでしょうか。



かなり上にある窓も、波しぶきに覆い尽くされます。



横波で転覆もあるかも…と初めて本気で考えたほどです。



そして船には、異常が起きていました。



写真は、16日午前6時40分に船内のモニターに表示された航跡。

不思議な線を描いています。



青ヶ島の手前で急に右に進路を変更、数十キロ北東方向へ。

船員に聞いても、「あまりの波に、余儀なくされたんです…」と
はっきりとその理由を教えてはくれませんでした。



実はこのとき、“事件”が起きていました。



左舷後方にある特二等船室の窓が、
波の力で破壊されたというのです。




船室内には大量の水が流れ込み、
けが人が出たのではないかというウワサも流れていました。

進路変更は、この事故の処置などのためだったのでしょう。


しかしいまどきの船で、窓が波で破壊されるなんてことが
現実にあるとは夢にも思いませんでした。


その後は大きな騒ぎにはなりませんでしたが、
進路変更とスピードダウンを強いられたことで、
東京・竹芝桟橋への到着は1時間15分遅れとなりました。

一時は船内アナウンスで3時間半遅れの19時到着予定、
と言っていた時もありましたから、それに比べればよく回復
したほうです。



16日16時45分、おがさわら丸到着。



左舷後方、写真の真ん中の窓はたしかに
応急処置のなされた姿が痛々しいものになっていました。



しかし、この窓の高さは喫水線から10メートル近くはあるはず。



この窓が波で破壊されたというのですから、
今回の海の荒れ具合とその波の力は想像を絶するもの
だった、ということでしょう。


いやはや、すさまじい航海を体験したものです。




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東洋のガラパゴス。 2011年
1月14日(金)





小笠原諸島を形容する言葉のひとつに、
「東洋のガラパゴス」というのがあります。





一度もほかの陸地と接したことのない海洋島であり、
独自の進化を遂げた生物が数多く暮らすという共通点から
そう呼ばれるようになったのですが、これでは二番煎じのようですし
かつて日本がまだ発展途上だったころによく見られた表現
「東洋一」と同じにおいがして、いやです。





かなえよう 小さな島の 大きな夢を


これは、小笠原諸島が世界自然遺産の候補地になったことを受けて
島のあちこちで見られるようになったスローガンというか
キャッチフレーズですが、これは漠然として表現が弱いです。






小笠原は小笠原。



唯一無二のこの宝を表現する言葉が必要です。





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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110114


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ひとまろ岩。 2011年
1月11日(火)





それは、絶海の孤島にひとりたたずんでいました。



小笠原諸島、父島の近くにある「ひとまろ岩」。





小さな無人島の突端にある、不思議な形をした岩です。





その姿は、烏帽子をかぶった坐像のように見えます。





この姿が万葉の歌人・柿本人麻呂に似ている、
ということからついた名前が「ひとまろ岩」。



江戸時代末期の「小笠原回収」でこの島にやってきた
小花作之助の資料にも、この岩についての記載が
あるといいます。



近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに いにしへ思ほゆ



北を向いて座っているこの姿を、遠く1000キロ離れた
故郷を思う自らの姿に重ねて人麻呂と名づけたのでしょうか。






しかし意外にもこのひとまろ岩、父島のすぐ北にあるというのに、
現在の父島住民のほとんどはその存在すら知らないとのこと。



こんな立派な姿の岩が、観光資源として
活用されていないのはもったいないことです。





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電柱に鳥居。 2011年
1月7日(金)



もしかしたら、本物を見るのは生まれて初めてかもしれません。




電柱の根元部分に立てられた鳥居。



漫画などで見たような記憶はありますが、

本物を見た記憶がどうもないのです。





それにしても色といい形といい、立派な鳥居です。



この電柱の鳥居が、立小便よけのためであることは
意外と知られていないのかもしれません。



神聖なる鳥居を置いておけば、畏れ多くて立小便など
できまいというものですが、いまの若い世代に通じるのかどうか。






こらこら、抱きつくんじゃない。






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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110107


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七草サラダ? 2011年
1月6日(木)





春の七草の季節です。


ところが…。


ちょっとどこか違うようです。





「七草粥・煮込みうどん用」はまだいいとしても。




「サラダ・生食用」とはこれいかに?




ドレッシングをかけて食べるそうです。


実はこれ、小笠原諸島父島での光景。



本土と違う気候で、育つ野菜が違うために
創作されたのでしょう。






なかなかユニークですね。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110106


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どこでもダム。 2011年
1月4日(火)



私の実家の近くに、水城みずきという特別史跡があります。



手前から奥に向かって木立がずっと続いていますが、
これは土塁。

最初に造られたのが7世紀という、古代日本の面影を残す
非常に貴重な遺跡です。


航空写真で見ると、この土塁が一直線に続いているのが
わかります。



東と西の山の稜線を結ぶようにして築かれた水城は、
日本の西の都・政治拠点であった大宰府政庁を守るための
ものでした。

西暦663年、白村江の戦いで、百済とともに戦った日本は、
唐と新羅の連合軍に敗れ、朝鮮半島での拠点を失います。

さらに唐・新羅が攻めてくることを恐れた中大兄皇子は、
大宰府を死守するためにこの水城を築かせたのです。

結局、この水城は使われることはなかったのですが、その後
600年以上たった元寇の際にもモンゴル軍の上陸に備えて
防衛線として復活、改修されたという歴史を持ちます。


私が小さいころ教わったのは、この水城で川の水をせき止め、
敵が来た時に一気に決壊させて敵の軍勢を押し流すという
壮大な作戦があったという話。

つまり巨大なダムを作ってわざと決壊させようとした、と
いうのです。

この話に、子ども心にわくわくしたことを覚えています。


しかし、この水城で川の水をせき止めた場合、どの程度の量の
水がたまり、どの程度の範囲が水没したのか。

そのことについては誰も教えてくれませんでしたし、今日まで
ずっと疑問として持ち続けてきました。


その、私の人生の大きな悩みを解決してくれるサイトに、
ようやく出会ったのです。


その名は、「どこでもダム」



サイト内に表示されるGoogleMapsで任意のふたつの点を選んで
「着工指示」のボタンを押すだけで、地図上にダムを造ってくれます。

ダムがどの範囲を水没させるかを地図上に表示するだけでなく、
どのくらいの貯水量を持ち、全国のダムのなかでどのくらいの順位に
なるのかまで表示してくれます。


かつて泥んこ、水びたしになって小川の流れをせき止めて遊んだ
男の子にとって、まさに夢のようなソフトウェアなのです。


さっそく、水城を現代に復活させたらどうなるか、試してみました。



現在残っている水城の端と端(右岸と左岸)にマーカーを置き、
「着工指示」のボタンを押すと、水没予定地が水色に。




堤の高さが11mというのも、現存する水城の調査結果と合致し、
現実的なものとなっています。


では、どの範囲が水没するのか。



かなり広い範囲ですが、たしかに大宰府政庁や
観世音寺(九州一古い寺)など、当時の重要拠点は
水没しない場所にあることがわかります。

たしかに、水城が大宰府防衛のためのダムだった、という説を
裏付ける結果となっていて、非常に興味深いものとなりました。


ついでに、私の実家も水没しなくて安心しました。
(当時から住んでいたわけではありませんが)


と、このように、地図上のどこでもダムを造ってしまえるこの
「どこでもダム」、このほかにもいろんな形で遊べます。


たとえば、巨大なカルデラを持つ阿蘇の外輪山をせき止めてみると…。




日本3位の規模を持つ巨大なダム湖ができることが
わかります。



このほか、いろんな場所で試してみれば、日本最大の貯水量を持つ
ダム湖を造れる場所を探し出せるかもしれません。
(もちろんあくまで想定の話ですが)


遠い昔、小川をせき止めて「ダムだぁ」と遊んだあの日。

この、「どこでもダム」
あの日の男の子に戻ってみてはいかがでしょうか。(もちろん女の子も可)



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110104


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連動しすぎの広告。 2011年
1月3日(月)



ずいぶん前になってしまいましたが、下の画像は
読売新聞のサイトYOMIURI ONLINE の記事の画面。



目を引いたのは、画面左下にある広告。



高層マンション火災によって死傷者多数という記事に、
よりによって「タワー・大規模マンション特集」の広告とは…。






あまりにブラックなジョークになってしまいました。



記事と連動しすぎる広告、というのも考えものです。



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モラルなきおせち。 2011年
1月2日(日)



この日本という国は、ここまでモラルのない国に
成り下がってしまったのでしょうか。



上の写真は、残飯ではありません。

10,500円の対価として送られてきたおせち料理の写真です。



共同購入サイト「グルーポン」がこの年末に募集したおせち。

横浜の飲食店「バードカフェ」が作る500個限定のおせち料理を
“通常価格21,000円のところ半額の11,000円”という触れ込みで
募集したものです。


ノルウェースモークサーモン/才巻き海老の白ワイン蒸し/キャビア/
〆鯖の棒寿司/鮑の冷製作/海老のテリーヌ/田舎作り/フカヒレのにこごり/
帆立の瞬間スモーク/牡蠣のエスカベッシュ/いくらの醤油煮/鰊の昆布巻き/焼き蛤
海老芋と京人参、小堂院大根の炊き合わせ/紅白なます/くわいのバルサミコ風味/
数の子の冷製/筍のグリエ/栗金団/蓮根の甘酢漬け/
彩野菜のピクルス黒酢風味/紅白嘉蒲鉾/伊達巻/丹波の黒豆
手羽中の醤油煮/フランス産シャラン鴨のロースト/国産和牛ロースト/
名古屋コーチンもも肉の燻製/砂肝のコンフィー マスタードソース/鹿児島産黒豚の
京味噌漬け/蟹爪のフリット/生ハムとカマンベールチーズ/肉巻きのロースト

という全33品。



一片21cmの三段重という、一般でもなかなかない
大きさという触れ込みでした。


ところが、購入者の元に届いたものは以下の写真。



これは残飯なのか、生ごみなのか。

そして、なぜこれが4人前なのか。



いったいどういう経緯でこんなものを送ることになったのか。

スタッフのなかにこれをおかしいと思う者がいなかったのか。



こんなものを送ってその後どうなるか想像がつかなかったのか。

これらの写真を見るたびに、次から次へと疑問が湧きあがり、
頭の中で延々と渦巻いてしまいます。



ところが、この飲食店「バードカフェ」を経営する男は、
twitterで、こんなことをつぶやいていました。




もしこれが自分の元に届いていたらと思うとぞっとします。

たぶん発狂に近い暴れ方をするでしょう。

間違いなく店に怒鳴り込んでいることでしょう。



もしこれが中国からのニュースであれば
「さもありなん」とみな笑って過ごせたことでしょう。

しかしこれは日本の出来事なのです。



いつから日本はこんなにモラルが欠如した国になってしまったのか。


この出来事では、せっかくの正月を台無しにされたことに対する
「バードカフェ」の責任の追及や、グルーポンからの補償の少なさ、
さらにはグルーポンの今後の経営の行方を論じたりすることもできる
でしょう。

しかし今回の一件は、モラルの欠如という深刻な問題が
この国全体を覆い始めている兆候として真剣に受け止め
なければならない気がします。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20110102


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誰も聞く耳持っちゃいない。 2010年
12月24日(金)





かつて、「ちびまる子ちゃん」のなかに、
こんなクリスマスのエピソードが描かれていました。


(ちびまる子ちゃん5巻より)


クリスマスに短冊など書いても誰も聞く耳持っちゃいない、と。




ところが最近、そのヘンなことをさせる連中が。



場所は渋谷マークシティ。

4畳半ほどの広さの箱の中の四方の壁に
ツリーのような飾りがつけられています。



ここに願い事を書いて貼り付けろ、と。




さっそく釣られて、願い事を書いてしまった人々が。



しかし、マークシティはこれらの願いを具体的にどうするというのでしょうか。



「夢をかなえるお手伝いをします」「夢をかなえ、きらめきますように」などと
その文章からは、無責任の臭いがぷんぷんします。




これじゃ客はいいさらし者。


マークシティという商業施設が、単なる「売らんかな」の根性で
客をだまし、その想いを踏みにじっているように思えてきます。





こんないいかげんなイベント、世界の笑いもの。


やめていただきたいものです。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101224


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店長サービス品。 2010年
12月21日(火)





一瞬、目を疑いました。




通常598円程度で売られている「ダヴボディソープ」2個入りが
なんと68という驚きのプライスなのです。


この超激安サービス品を登場させたのは、我が家の近くのスギ薬局。


これまで、龍正堂という地場のドラッグストアとマツモトキヨシが
しのぎを削っていたこの地域に、3か月ほど前に殴りこんできた
第三勢力です。

開店当初からトイレットペーパー16ロールを198円で売るなど
頑張ってきたのですが、まさかここまで思い切った価格で来るとは。

さっそく店頭に置いてあった5パックのうち3パックを握りしめ
レジに向かいました。


ところが、ピッという音と同時に表示されたのは498円



「あの、店頭の値札に68円って書いてあったんだけど…。」
と言うと、レジの女の子は即座に館内放送。

出てきた店長、あわてて店頭に行き、値札を握りしめ戻ってきました。


「すみません、間違いでした…。」


私が握りしめた3パックの合計は68円だと204円、498円だと1,496円。
その差1,292円です。


さあ、あなたならどうします?

1)「店長サービス品なんだから責任を取りなさいよ。」とゴネて68円で売らせる。
2)「だって68円って書いてあったじゃん…。」とダメモトで言ってみる。
3)「あ、そ。じゃあ買わない」と言って置いて店を出る。
4)「やっぱりねぇ。そうじゃないかと思いましたよ。」と笑って498円で買う。


ちなみに、法律的にはまだ売買契約が成立していませんから、
スギ薬局には68円で売らなければならない義務はありませんが。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101221


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秘密の100円コラボ。 2010年
12月14日(火)



新宿の北のほうを歩いていて見つけました。



一見、よく見る「ローソンストア100」、いわゆる100円ローソンですが…。



看板の端のほうにもうひとつの看板がくっついています。




看板には「ダイソー」の文字。



いわゆる100円ショップの最大手、大創産業の看板が、
100円ローソンの看板の隣にくっついています。





店内は、まったく仕切りなしに両者の品物が同居。
同じかごに入れてレジに持って行って支払います。


店員はローソンの制服を着ていましたから、
ローソンに対してダイソーが商品を卸しているという形なのでしょう。




しかし、両社は本来ライバルのはず。

雑貨中心のダイソーは、数年前にインフレを恐れて
100円均一をやめてしまいましたが、それでもいわゆる
“ヒャッキン”の業態では売上高3,000億円を超す最大手。

スーパーの空きスペースにもぐり込んだり、郊外型の空き店舗に
入っていく進出のしかたが中心で、代わりに都心部での存在感が
いまひとつ。しかも食品は“品質管理が面倒で儲けが少ない”
との理由で進出が遅れ、手薄になっていました。


それに対し、100円ローソンは食品中心の激安コンビニの形態。
都市部を中心に急速に店舗を増やしてきています。

雑貨については「ついで買い」の需要を満たせばいいということで
とくに力を入れてきませんでした。



ライバルとはいえ、生活雑貨と食品とそれぞれ得意分野が違う
両社のコラボレーションということであれば
最強の店舗ができあがります。


しかし不思議なことに、この両社のコラボレーションについて、
ローソンのホームページではひと言も触れられていません。


マツモトキヨシとの業務提携などについては、プレスリリースで
しっかり発表されているにもかかわらず、です。


なぜダイソーとのコラボレーション店舗をローソンは発表しないのか。


すこしキナくさい雰囲気を感じます。



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タキシード猫。 2010年
12月12日(日)



街角で見かけた猫です。



面白い毛色をしています。




襟元が白くて、お腹も白くて、手首もまた白い。



まるで、タキシードを着ているかのようですね。




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似ている。 2010年
12月11日(土)



北京で行われていたフィギュアスケートの大会・
グランプリファイナルで惜しくも4位だった鈴木明子選手。


Photo by David W. Carmichael

摂食障害を乗り越えてのオリンピック出場以来、
個人的に応援している選手です。


しかし、彼女は誰かに似ているなぁ…とずっと悩んでいました。



どこかで見たことがあるのです。


記憶の片隅に似た人がいるはずなんだけど
思い出せないもどかしさ。


このむずむずした感覚、わかってもらえると思います。




それが今夜、やっとわかりました。





それは、この子。



←ぜひこの画像をクリック!

がんこちゃんです。



NHK教育テレビで放送されている人形劇の主人公。
恐竜の子どもという設定なのに、なかなかチャーミングです。




スケート姿の絵本もありました。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101211


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スカイツリー、500mを突破。 2010年
12月1日(水)





東京スカイツリーがきょう午前9時58分、500mを突破したと
発表がありました。

しかし、見た目はなにも変わっていません。


なぜか。

こうしたカラクリがありました。

塔体の内部で、地上デジタル放送のアンテナ用鉄塔「ゲイン塔」を
少しずつ引き上げてきた。一方、塔体の頂上では、ゲイン塔の揺れを
抑える装置をつくり、仮置きしていた。
1日午前9時58分、この装置と、中で引き上げてきたゲイン塔が合体。
外から見た高さは変わらないが、塔がつながったことで、装置部分が
高さとしてみなされ、511メートルになった。
                                             asahi.comより引用

上に乗っかってはいたものの、また塔の一部にはなっていなかった
とのこと。

だからずっと前から500mを超えているように見えたし、
超えても見た目が変わらないということなのですね。


ゲイン塔はすでに塔の内部で組み立てが始まっていて、
これから内部からにょきにょきと伸びていきます。

地上デジタル放送のアンテナなどを取り付けた上で
伸ばしていきますから、建設時に人間が登っていくのは
現在の場所までとのこと。


600m到達は来年2月の予定。

これから伸びる部分はまっすぐな“棒”のため、ちょっと味気ない
気もしますが、それでも完成までまだまだ楽しめそうです。




そうそう、スカイツリーの建設を担っている大林組が、
東京スカイツリーのカレンダーをプレゼントするそうです。



ホームページからの応募で、500人に当たるとのこと。

応募はこちら



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101201a


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光の道、今年も。 2010年
12月1日(水)





表参道のイルミネーションが今年もやってきました。




昨夜、仕事帰りに通りかかると、光の粒が一斉に咲きそろっていました。



試験点灯かと思ったら、この夜に点灯式が行われたとのこと。


なのに公式HPでは、イルミネーションの期間は
今夜(12月1日)からとなっているのが不思議です。



去年、11年ぶりに復活したイルミネーションですが、
今年はひとつ変化が。



街灯の設置です。


この街灯、今年新たに設置されたものですが、
ちょっと明るすぎるのが気になります。



こんな感じで、イルミネーションよりも明るいのです。





ちょっと興ざめ、ということにならなければいいのですが…。


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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101201


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500m超えはまだか。 2010年
11月30日(火)





きょう(11月30日)の東京スカイツリーです





第一展望台がほぼ完成したようで、
高さ450mの第二展望台の建設も始まったようです。



しかし、500m越えはまだでしょうか。


これまでの“伸び具合”を見てみると。



7月下旬に400mを超えたと思ったら、
そのわずか3か月後の10月27日の時点で497m。

500mまであと3mにまで迫ってきていました。

当時の発表では、今月(11月)末までに500mを超える
としてきたのですが、いまだに発表がありません。



ところが。



スカイツリーの先端をよく見ると、なにか出っ張りが。

見るからに3m以上がありそうです。


なのになぜ…。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101130


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1年で変わる空気。 2010年
11月29日(月)



1年という時間は、世の中の空気を一変させるに十分な時間です。

民主党政権の話ではありません。


ドラマ「坂の上の雲」に対する、世の中の空気。

去年5話だけ放送して、今年はまた4話だけ。
続きはまた来年末に4話放送するというのですから、
いくらなんでも飽きてしまいます。


しかもついさっきまでさんざん見ていた香川照之。

もう、ちょっとお腹いっぱいです。


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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101129


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代々木公園のうさぎ。 2010年
11月26日(金)



まだいました。




代々木公園のうさぎ。



2008年1月に見て以来でしょうか。



もし同じうさぎだとしたら、1年10か月ぶりの再会になります。


たしかに当時と見比べてみると、大人っぽくなったような気がします。



しかし大きな公園とはいえ、ここは東京のど真ん中。
自然の生態系から隔絶された場所です。


すぐそばの道路を車がびゅんびゅん駆け抜けるこんなところで、
よく生きてきたものです。





これからまた厳しい冬がやってきます。



このままこの子は冬を越せるだろうか。


いっそ我が家に連れて帰り、育ててやろうか。


そう思ったときです。



うさぎの居場所の近くに、ニンジンや青菜が置いてあるのを
見つけました。


誰かもまた、この子を見守っているようです。





大都会の真ん中に、たった一匹で暮らすうさぎ。



私もまた、見守っていけたらと思います。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101126


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缶詰鍋。 2010年
11月24日(水)



またまた驚愕のメニューです。



缶詰鍋。

缶詰のサバをそのまま鍋に投げ込み、
野菜や豆腐などとともに煮込んだもの。


これを見つけたのはファミリーレストランでした。



「個人で頑張る店を応援したい」。


常々そう思い、実践しているつもりの私ですが、
ときにはファミレスに行くこともあります。

同行者の意向にどうしても逆らえない様々な状況が、
公私にわたって存在するからです。





さてこの缶詰鍋。


いまは牛丼チェーン傘下となっている和風ファミレス
「華屋与兵衛」のランチメニューとして最近登場したもの。



店での名称は「さばすき膳」といいます。




もう、見るからに缶詰。

青森県八戸市の郷土鍋「せんべい汁」は、サバの缶詰を
入れるとはいいますが、サバがメインであとは野菜類だけ、
というのはなかなか衝撃的。

最初に厨房で温められて、客に提供されるのですが、
さらに卓上で固形燃料を使って加熱されます。



その後の煮崩れかたはもう「惨状」としか表現できないもので、
写真を撮るのもはばかられるほど。


缶詰を投げ込んだ鍋、924円。


興味のあるかたはぜひ店に行って自分の目で見てみてください。





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前代未聞の行列。 2010年
11月20日(土)



ユニクロが、すさまじいことになっていました。




店内はすごい数の客でごったがえし、
会計を待つ客の列は店内を横切って
さらにらせん階段を上って2階へと続いていました。

長さ80mは優にあったでしょうか。
並んでいたひとの話では、これまでいくら込んでいても
2階にまで続くことはなかったそうですから、まさに
前代未聞の行列。


20日(土)の午前11時の光景です。


この日、私は何も知らずにふらっと下着でも買おうかと
ユニクロに行ったのですが、この日は1日限りの
「創業感謝祭」というセールだったとか。


そのすさまじさを、大きな写真であらためて。



急に寒くなったこともあり、衣料品の購買意欲が盛り返した
というのもあるでしょう。セール対象に「ヒートテック」が含まれて
いたことがさらに拍車をかけたのかもしれません。

しかし、先の見えない不況のなかで、人々がさらに節約志向を
強めていることが、この行列の長さの大きな原因のような
気がします。




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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101120a


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きんぴら汁。 2010年
11月20日(土)



なにが悲しゅうて、きんぴらごぼうを味噌汁にぶち込むのでしょうか。



わが社の社内食堂から繰り出される驚愕のメニューを
前に、疑問と目まいがわきあがってきます。



この「きんぴら汁」、 Googleで検索しても上位5件しか
ちゃんとした結果が表示されないという世にも珍しいメニュー。



最近になって他の野菜が付くようになったものの、以前は
具のほとんどがきんぴらごぼうでした。しかも業務用そのまま。


そもそも、すでに炒めて完成された惣菜である
きんぴらごぼうを、なぜ味噌汁にぶちこんでしまったのか。

その、素朴な疑問にすら答えてはくれません。


しかも単品としてショーケースに並ぶのなら、単に
選ばなければいいので実害はなかったのですが、
先日は定食に無理やり付けるという暴挙に出ました。

「なぜこのおいしさをわかってくれないんだぁ~」という
食堂側の心の叫びなのか。

私の前に並んでいたガイジンさんなんか、定食の
「きんぴら汁」受け取るや否や目を白黒させ、いや
目を白青させ、「なにかの間違いでは?」という顔を
していました。



そして最近、もうひとつ驚愕のメニューが。






中華麺が入っていて。

味噌煮込み「風」になっていて。


で、結局「風」のあとに付く言葉はなんなのか。

これもまた、誰も教えてくれません。




味噌汁か。


豚汁か。



中華麺入りのこれを、ご飯とともに食えというのか。


なぜ我々はこれを食さなければならないのか。


私たちを哲学へいざなうかのような、謎の一品です。



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http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2010wn.htm#20101120


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