渋谷とっておき!!ホーム 宮城県東松島市
宮戸字里35
0225‐88-3090


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その日獲れた魚が中心の、食べきれないほど豪華で
おいしい夕食が楽しみな民宿ですが、もっと楽しみ
なのは“ババ”(東北弁でおばあさんの意味)と会えること。


いまやテレビの影響によって方言というものが薄らぎ、
多少の訛りはあっても「標準語を全然しゃべれない」
という日本人はひとりもいなくなってしまいました。

…と思っていたら、いたのです。

この宿の愛すべき“ババ”が。

「ほら、夕飯さできたから“けーっ”」と、強情なまでに
生まれ育った東北の言葉で語りかけてきます。
本人によれば、本当に標準語は喋れないとのこと。

まくしたてるように熱く語りかけてくる“ババ”の話は
正直なところ、話の半分近くはわかりません。
たぶんこんなことを話してるんだろうな、こんなことを
伝えたいんだろうな、と話の前後から意味を類推して
会話をする異国の旅状態。

でも、ぶっきらぼうに見えて実は優しい東北の言葉を
操る“ババ”の姿はとってもチャーミングです。

我々に対し、常に親身になって細かく気遣ってくれて
いるのが伝わり、帰るときはいつも温かい気持ちに。

この“ババ”に会いたくてすでに3回、4泊も泊まった
私にとってはもう“東北の母”。こうして写真付きで
紹介させてもらう許可を取ったほどに素敵なのです。


この宿があるのは、宮城県東松島市の宮戸島。

津波で甚大な被害を受けた野蒜(のびる)地区の南に
位置する小さな島で、周囲の島々と合わせ奥松島と
呼ばれ風光明媚なことで知られてきました。

島の西には松島湾の穏やかな海が広がり、牡蠣の
養殖などでその恵みを享受してきました。

しかしこの島もあの日、津波に襲われます。
集落の奥にある、南に面した小さな入り江から押し
寄せた津波は、瞬く間に集落を駆け上がり、高台に
あるこの民宿にも襲いかかります。

波の高さは室内の腰の高さほど。しかし建物の縦
方向から来た波は、アルミサッシのガラスを突き破る
ことなく建物の周囲を駆け抜けていき、幸いにも
室内に被害はあまりありませんでした。

島の南側の大浜や月浜などの地区では、建ち並ぶ
民宿をはじめ集落すべてが消えてしまったのに対し、
運が良かったとしか言いようがありませんでした。

それまで地元の人々の宴会が主だったこの宿は、
あの日以降、取材陣や復興事業の作業員などで
ずっと満杯。最近に至るまで“ババ”はこうした人々を
受け入れ続け、復興の手伝いをしてきました。


そして1年半がたち、やっと落ち着きを取り戻した今、
“ババ”は客を選びながら細々と宿を続けています。

夕食も朝食も、家庭料理ではありますが品数も多く
とても豪華。“ババ”のご主人が獲ってきた魚を
中心にするためその日によってメニューは変わり
ますが、どれもみなおいしく、満足感も満腹感も
非常に高い食事となっています。

なかでも地味ながらとてもおいしいのが魚の煮つけ。
東北は味付けが非常に塩辛いというイメージがあり、
実際に岩手・猊鼻渓の宿で食事が塩辛くて閉口した
経験が私自身にもあるのですが、この宿の煮つけは
とっても優しい味。豊かな海に面した温暖な地域ゆえ
に歴史的に塩蔵の必要がなかったためでしょうか。
とても安心できる味付けです。


正直なところ、泊まれるかどうかはその日の
“ババ”の気分次第。

部屋が空いてようが空いてまいが、あなたを泊めるか
どうかは“ババ”との電話での駆け引き、“ババ”の
受ける印象ひとつにかかっているのです。

しかし、それでももし東北に行く用事があったら、ぜひ
一度チャレンジしてみることを強く強くお勧めします。

一度でも“ババ”の愛に触れることができたら、
必ずやあなたもそのとりこになるはずですから。



その日獲れた魚を中心にした
食べきれないほど豪華でおいしい夕食
(1枚に収まりきれなかったので一部合成)



私にとって「東北の母」である
この宿の“ババ”は東北弁しか喋らないが
とってもチャーミング


宮戸島一帯の島々は奥松島と呼ばれ
もともと風光明媚なことで知られる


建物内で腰ほどの高さにまで
押し寄せた津波に運よく耐えた


宮戸島の南にある大浜では
建ち並ぶ民宿を含め集落すべてが
津波によって押し流された


簡素で壁も薄いが
清潔で居心地のいい部屋


地味だが定番の煮つけがおいしい
ほっとできる家庭料理が嬉しい


朝食もまた豪華




【一泊二食】 8,400円から




このページのURL:
http://www.totteoki.jp/shibuya/isuzu.htm


2012・3