その、ひろみさんのメール・コラム
『サイゴンからのメール』はこちら。






 いま、彼女は多くの観光客にとってマドンナのような存在となっています。
たとえば夕方になると、シンカフェの前には必ず何人もの日本人観光客がやってきます。
彼女の姿をさがしに。そして彼女がいるとわかれば話しかけに。
 若い二人組の女の子。一人旅の男の子。そしてときには中年夫婦だったり。
とくに用事がある訳ではないのです。ただ、サイゴンを明日離れることを告げに来てお礼を言うだけ
だったり、教えてもらったおいしい店の感想をわざわざ言いに来たり。
  些細なことなんだけど、会って報告したくてたまらない。
まるで子どもが一日の出来事を一所懸命になってお母さんに話すような、
そんなちょっと不思議な関係がここにはあるのです。

 そんな彼女は、 JVC(日本ボランティアセンター)の国内ボランティアとしても活動するかたわら、
ベトナムが好きで好きで何回も旅を繰り返すうちについに移住、ガイドになりました。
それだけに彼女の持つ情報は詳しく、我々にとって本当に役立つものなのです。
 一度、彼女の「地球の歩き方」を借りたことがありますが、使い込まれてボロボロになりつつあった
その本には、あらゆるページにチェックが入り、気づいたこと、感想、注意事項などいろんなことが
書き込まれていました。

 しかし、観光ガイドの仕事は楽ではありません。
毎朝7時にはシンカフェに出勤、その日の担当ツアーがそのときに決まり、8時過ぎにはバスに
乗って各地へ出発します。数十人を連れ、あるときはベトナム戦争時代の戦場であるジャングルを歩き、
あるときはメコンデルタの奥までボートで乗り込んでいく毎日。体力的にも相当なものが要求されますし、
わがままな客や常識のない客の相手もしなければなりません。決して楽ではないはずです。

 しかも、「シンカフェ」での彼女の給料はベトナム人ガイドと同じ水準。
いくらベトナムの物価が安いとはいえ、決して生活も楽ではないはずです。
 もしこれが「シンカフェ」ではなく、上記の日本人専門旅行会社のガイドになれば仕事内容は
ほぼ同じにもかかわらず賃金は10倍から20倍。ベトナムではかなり贅沢な生活ができる水準です。
 しかし彼女は、そうした会社からの度重なる誘いを断り続けてきました。
彼女は「シンカフェ」での仕事にやりがいを感じていると言います。

『日本人専門の会社には、ある程度お金持ちのパックツアーのひとしか来ないんですよね。
 こうした人の多くは観光ではなく、実は買い物のほうにしか興味がなかったりする。
 私は自分の足で歩くような旅人が好きなんですよ。かつて自分がそうでしたから。』

 ベトナムに暮らして3年あまり。
「旅人たちのマドンナ」「サイゴンのマドンナ」と慕われながら、
ひろみさんはきょうもまたバスに乗って旅人たちの案内を続けているのです。



後日談:

ひろみさんが、2003年2月17日の東京新聞に取り上げられていました。
“Tokyo発”という最終面の大きな特集で、彼女のガイドぶりや人となりが
詳しく紹介されています。

東京新聞ホームページ“Chunichi Web Press”
「裏ベトナム 辛口ガイド 東京出身女性が本音で」 
 こうした観光ブームの中、リュックを背負った
バックパッカーと呼ばれる貧乏旅行者たちが集まるのが、
市の中心から2kmほど離れたファングーラオ通りの一帯。
 一泊3ドルからの安宿がひしめきあうこの一帯は、
朝晩になるとバックパッカーが通りを埋めつくします。
それはまるで、砂糖に群がる蟻の大群のよう。
 ファングーラオ一帯はいまや、バンコクにある世界一の
安宿街・カオサンに匹敵するとまで言われています。

 需要があれば供給も追っかけてくるのが世の常です。
この一帯にはみやげ物屋はもちろんのこと、安食堂、
インターネットカフェなど、およそバックパッカーが必要と
するものはすべてこの一帯で満たされるようになって
います。

 なかでも「シンカフェ」はその中心とも言うべき存在。
サイゴンでは老舗で、最大手でもあるこの旅行会社は
メコンデルタやクチトンネル(ベトナム戦争時の地下要塞)
などの近郊の観光名所へのバスツアーを主催するほか、
海外への格安航空券の手配、両替、荷物預かり、さらに
首都ハノイまでの南北縦断バスを自力で走らせたりと
ベトナムの観光のすべてがここで揃う、と言っても
過言ではないほどの多様なサービスを誇ります。

 とくに、近郊バスツアーはその安さが最大の魅力で、
メコンデルタ1日ツアーで7ドル、クチトンネル半日ツアーで
4ドル程度しかかかりません。
 これが別の会社の日本人専門ツアー(日本語ガイド
付き)になるとメコンデルタ1日が40ドル以上、クチトンネル
半日が24ドルになったりしますから、その安さがわかろう
と言うもの。人気なのも当然と言えます。

 そのシンカフェにひとり、日本人の女性が働いています。
その名は、ひろみさん。
彼女の仕事はツアーバスに添乗する観光ガイド。
欧米人観光客に対しては英語で、日本人観光客に
対してはもちろん日本語で、自在に案内をこなす
優秀なガイドさんなのです。

 しかも、彼女は自分のツアーが終わっても毎日のように
店に残り、日本人観光客を見つけては親切に声をかけ、
気さくにかつ親身に相談に乗ってくれるのです。
 おいしい店やいいアオザイの店を紹介してくれたり、
バイクタクシーのボッタクリの手口を教えてくれたり。
旅をする上でのいろんなアドバイスも与えてくれるのです。







夕方のラッシュ風景。ほとんどがホンダのスーパーカブ

 いま、サイゴンの街には日本をはじめとする
西側諸国の商品があふれ、朝夕にはおびたたしい数の
ホンダ製スクーターが津波のように押し寄せてきます。
少なくとも表面的には、いまベトナムは「豊かさへの道」を
まっしぐらに突き進んでいると言えるでしょう。
かつての日本がそうであったように。

 その、ダイナミックに変わりゆくベトナムの姿を見ようと
いま、世界中からたくさんの観光客が押し寄せています。

 教会や郵便局などの歴史的建物と、フランスパンの
屋台の中にかつての植民地・仏領インドシナ時代の
名残を見つけようとするフランス人。
 ベトナム戦争の激戦地を巡ることで、自らの青春を
振り返り、自分が戦ったあの泥沼の戦争の意味を
あらためて問いかける老いたアメリカ人。

 それぞれ求めるものは違っても、
みな、「世界で一番熱い街」サイゴンを目指すのです。

シンカフェの朝。ツアー出発を前に多くの旅人でごった返す。


 ベトナム経済の中心地・ホーチミン市。
かつて南ベトナムの首都だったこの街を、
いまも多くの人がサイゴンと呼びます。

 インドシナ戦争(ベトナム戦争)終結から25年。
仏領インドシナと呼ばれた植民地時代の面影をあちこちに残しながら、
サイゴンはいま、急速な経済発展を始めています。
 15年前、「世界の孤児」とまで呼ばれた禁欲的な社会主義政策から大転換、
ドイモイ(刷新)の掛け声のもと、市場メカニズムが導入され、ベトナムは
大きく生まれ変わりました。


左の黒い服の女性が「旅人のマドンナ」ひろみさん